大正浪漫 斜陽のくちづけ
庭師にどう剪定を頼むか、庭先で考え込んでいると、木々の間から妙な声が聞こえてきた。
「あら」
見ると木の下に白い子猫がいた。生まれたばかりのようで、まだ産毛のような薄い毛が濡れている。母猫の姿はない。
「どうしましょう」
下手に人間のにおいがつくと、母猫が子猫を捨てると聞いたことがある。
少し待って母猫が来なければどうにかしてやらないと、危険かもしれない。野犬がうろつくこともあるし、最近では夜は冷えるようになってきた。
部屋に戻ってもそわそわと、凛子は窓から子猫のいる辺りを見た。
夜になって再び様子を見にいったが、母猫が戻ってきた様子はない。
少し離れたところから眺めているうちに、にわか雨が降り出していた。
今夜は冷えそうだ。もう待ってはいられない。
一晩でも命に関わるかもしれないと思うと、いても立ってもいられず、
「一緒におうちへ帰りましょう」
ブラウスの裾に子猫を乗せ、部屋に連れて行った。
小さな体が雨に濡れると一層痛々しく見えて、手拭いで優しく慎重に体を拭ってやると、大きな瞳でじっとこちらを見つめ、凛子の指をぺろりと舐めた。
お腹がすいているのか、指に吸いついて離れない。
凛子は大の動物好きだったが、姉の聖子が苦手だったから飼ったことはない。
「ねぇ。牛乳余ってないかしら」
小さな木箱に子猫を入れて、台所で片付けをしている女中に声をかけた。
「ありますけど。あ、それ」
「庭で一人ぼっちだったの。今夜は冷えるし、放っておいたら死んでしまうと思って──ところで、遼介さん動物は苦手かしら」
「さぁ……飼っていいと言われるまで、旦那様にはひとまず秘密にしておきましょうか?」
凛子の母親くらいの年齢の女中は機転が利くので頼りにしていた。
「ええ。お願い。あとでそれとなく聞いてみるから」
湯煎で牛乳を人肌程度に温めると、子猫にあげてみた。ぺろぺろとお皿を舐める姿に胸がきゅんとする。
「なんてかわいらしいの……」
真っ白な毛並みで目が大きくて小さい。母性本能を刺激されるというのは、こういうことをいうのだろうか。胸がどきどきして、幸せな気分になる。
それにしても母猫がいなくても、無事育つものだろうか。誰か猫を飼っている人に聞かないといけないかもしれない。
夢中になって眺めていると、車の音がした。
──飼ってもいいか聞いてみようかしら。
いつもどおり玄関に迎えに出る。
「おかえりなさい」
「これ、土産。通りがかりの雑貨店で見つけた」
星を散りばめた夜空のような深い藍色に金箔が封じ込められた硝子でできたオルゴールだった。紫と青を混ぜたような複雑な色の硝子の蓋を開けると、軽やかな音色が流れた。
「きれい……」
先日喧嘩をしてから、出かけるたびに凛子の好きな物を買ってくるようになった。不器用な優しさだが、嬉しかった。
食事のあとも猫のことが気になり、相楽に訊ねてみる。
「あの……小さな生き物は好きですか?」
「いや、苦手だがどうかしたか」
その答えにがっくりと来る。もうすっかり情が移っていて、子猫と離れると思うとたまらない気持ちになる。
しばらく見つからないようこっそり保護して、大きくなったら引き取り手を探すしかないかもしれない。
いつか手放さなければいけないと思うと、出会ったばかりだというのに胸が張り裂けそうになる。
「あら」
見ると木の下に白い子猫がいた。生まれたばかりのようで、まだ産毛のような薄い毛が濡れている。母猫の姿はない。
「どうしましょう」
下手に人間のにおいがつくと、母猫が子猫を捨てると聞いたことがある。
少し待って母猫が来なければどうにかしてやらないと、危険かもしれない。野犬がうろつくこともあるし、最近では夜は冷えるようになってきた。
部屋に戻ってもそわそわと、凛子は窓から子猫のいる辺りを見た。
夜になって再び様子を見にいったが、母猫が戻ってきた様子はない。
少し離れたところから眺めているうちに、にわか雨が降り出していた。
今夜は冷えそうだ。もう待ってはいられない。
一晩でも命に関わるかもしれないと思うと、いても立ってもいられず、
「一緒におうちへ帰りましょう」
ブラウスの裾に子猫を乗せ、部屋に連れて行った。
小さな体が雨に濡れると一層痛々しく見えて、手拭いで優しく慎重に体を拭ってやると、大きな瞳でじっとこちらを見つめ、凛子の指をぺろりと舐めた。
お腹がすいているのか、指に吸いついて離れない。
凛子は大の動物好きだったが、姉の聖子が苦手だったから飼ったことはない。
「ねぇ。牛乳余ってないかしら」
小さな木箱に子猫を入れて、台所で片付けをしている女中に声をかけた。
「ありますけど。あ、それ」
「庭で一人ぼっちだったの。今夜は冷えるし、放っておいたら死んでしまうと思って──ところで、遼介さん動物は苦手かしら」
「さぁ……飼っていいと言われるまで、旦那様にはひとまず秘密にしておきましょうか?」
凛子の母親くらいの年齢の女中は機転が利くので頼りにしていた。
「ええ。お願い。あとでそれとなく聞いてみるから」
湯煎で牛乳を人肌程度に温めると、子猫にあげてみた。ぺろぺろとお皿を舐める姿に胸がきゅんとする。
「なんてかわいらしいの……」
真っ白な毛並みで目が大きくて小さい。母性本能を刺激されるというのは、こういうことをいうのだろうか。胸がどきどきして、幸せな気分になる。
それにしても母猫がいなくても、無事育つものだろうか。誰か猫を飼っている人に聞かないといけないかもしれない。
夢中になって眺めていると、車の音がした。
──飼ってもいいか聞いてみようかしら。
いつもどおり玄関に迎えに出る。
「おかえりなさい」
「これ、土産。通りがかりの雑貨店で見つけた」
星を散りばめた夜空のような深い藍色に金箔が封じ込められた硝子でできたオルゴールだった。紫と青を混ぜたような複雑な色の硝子の蓋を開けると、軽やかな音色が流れた。
「きれい……」
先日喧嘩をしてから、出かけるたびに凛子の好きな物を買ってくるようになった。不器用な優しさだが、嬉しかった。
食事のあとも猫のことが気になり、相楽に訊ねてみる。
「あの……小さな生き物は好きですか?」
「いや、苦手だがどうかしたか」
その答えにがっくりと来る。もうすっかり情が移っていて、子猫と離れると思うとたまらない気持ちになる。
しばらく見つからないようこっそり保護して、大きくなったら引き取り手を探すしかないかもしれない。
いつか手放さなければいけないと思うと、出会ったばかりだというのに胸が張り裂けそうになる。