大正浪漫 斜陽のくちづけ
 翌日から、普段使わない空き部屋でこっそり子猫を育てた。
 日々目に見えて大きくなっていく子猫に、凛子はかつてない生きがいを感じていた。

 暇さえあれば、猫じゃらしなどを持っていって遊んでいた。
 木箱の中に入れる猫用の布団を手作りしたりするだけで、毎日が楽しくてたまらない。
 二週間もすると毛もふさふさとして、体も大分しっかりしてきた。

「お前がいてくれてよかったわ。私のところへ来てくれてありがとう」

 答えるように、にゃあにゃあと甘えた声を出されるともうたまらない。

「毛が真っ白でとてもきれいだから、今日からお前の名前はシロよ」

 抱っこしているだけで、幸せな気持ちが無限に溢れてくる。
 こっそり隠れて飼っているのは、申し訳ないが、もう手放すことはできない。
 ──遼介さんの機嫌がよさそうな時にお願いしてみよう。


「お夕飯、できていますよ」

 女中頭に教わりながら、相楽の好きだと言う料理を作ることにした。
 結婚してからというもの、たまの商人同士の付き合いに同行するくらいで、妻らしいことをしていない。
 ただ同行して挨拶する程度なら、お人形と変わらない。
 少しでも認めてほしくて色々しようとしても、書道や華道など、およそ生活に必要のないことばかり学んできたから、肝心の生活能力が乏しい自覚はあり、気になっていた。

 台所にいる女中に声をかける。

「ちょっといい? 少し料理がしたいのだけれど」

 実家でも、凛子も姉も家事はしないから、米を炊いたことすらない。
 そういうことはむしろ、やってはいけないと躾られていた。

「はい。私は構いませんけど、奥様にそんなことをさせたら旦那様に叱られないかしら」
「いいの。少しはできないと。よろしければ教えてくださる?」
「もちろんです」

 七輪で魚を焼くだけでもかなりてこずってしまう。

「焦げてしまったわ」
「少しくらい大丈夫ですよ。奥様の手料理なんて旦那様喜びます」
 
 夫が口に運ぶのをどきどきしながら見守る。

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