大正浪漫 斜陽のくちづけ
 その日は、気もそぞろに早めに帰宅した。
 単刀直入に尋ねる。

「凛子、妊娠したのか?」
「えっ」

 驚いた顔をする。

「様子がおかしい。それに小さい生き物がどうとか」
「いえ……人間の赤ちゃんではなくて──ちょっとお待ちください」

 そう言って一旦部屋を出ると小さな木箱を持ってきた。覗くと白い子猫が入っている。

「なんだ、猫か」
「飼っちゃ駄目って言われたら嫌だなって。でも隠してごめんなさい」

 今にも泣きだしそうな顔をされ、思わずため息をつく。
 さすがにそこまで狭量な男だと思われていたなら情けない。

「好きにしたらいい」
「本当ですか?」

 あまりに嬉しそうな顔に、ちょっと驚いた。
 どちらかといえば、相楽の前では無表情でいることが多かったし、辛そうな顔なら何度も見たが、目を輝かせ生き生きとしているのは見たことがない。

 近所に親しい友人がいるわけでもなく、家に一人でいるのはかわいそうだと思っていたところだった。

 とはいえ、その後の凛子の子猫への溺愛と依存はかなりのもので、暇さえあれば寝る直前まで子猫のいる物置にいて、気持ちも完全にそっちへいっている。

 正直面白くない。
 その夜も、なかなか寝室へ来ない凛子に声をかけにいく羽目になった。

「そこじゃ冷える。君も猫も。寝室で寝かせたらいい」
「あ、名前なんですけどシロにしました。毎日どんどん大きくなって──私を見ると撫でてほしくて甘えたりもするんです」

 恋でもしているように瞳をうるませ、子猫を撫でていた。
 寡黙だった凛子が猫のことになると、やたらよく話すようになった。
 今までよほど寂しい思いをしていたのかもしれない。

 うっとりした目で膝の上の子猫を撫で、満たされた顔をしている。
 自分の前でこんな顔をしたことはない。
 幸せそうなのは結構だが、初めて見る顔に少々複雑な気持ちになる。

「私はこの子が寝てから眠るので、お先にお休みになってください」
「凛子がそこまで猫好きとは知らなかった」
 
 少々呆れながら寝台に先に入り、凛子が来るのを待った。
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