大正浪漫 斜陽のくちづけ
勘のいい女性だ。
「…………」
自分から切り出すこともできず、質問に答えあぐねていると、セツの話は思わぬほうへと流れた。
「いや、誤解なさるのも無理ありません。あの子の父親は、遼介さんの父親で──早い話が喜一は遼介さんの異母弟ってことです」
「えっ」
思わぬ話に凛子は耳を疑った。
「籍を入れる前にあの子の父親は亡くなっちまったんです。葬式の時に、遼介さんと初めて会いました。初めて会う弟──その時は赤ん坊でしたがね、いたく心配してくれて、父親の遺産なんかは全部こちらに渡してくれた。父親に対して思うことはあるんでしょうが、喜一のことは気にかけてもらってたんです」
相楽は父親に幼い頃捨てられたとだけ聞いている。
本人は軽く話していたが、それなりに傷ついた経験だと思ったからこそ、深くは聞けなかった。
「私、弟さんがいるなんて知りませんでした」
「そうでしょうね。その後もうちが困ってないか心配してくれて、時々喜一に会いに来てくれたんです。年齢も離れてるし、あのとおりよく似てるから遼介さんが父親だって噂も立ちました」
「でもそれならどうして」
やましいことがないなら、どうして話してくれなかったのか。
「あたしがきつく口止めしたんです。もううちとは縁を切るように言いました」
「なぜですか」
セツが着物の前を突然開き、肩をがばっと露出した。肩から豊満な胸まで鮮やかな刺青が広がっている。
「このとおり、堅気の女じゃなくてね。あの人の父親も、叩けばホコリが出る人間でした。ここだけの話、前科もあります。だから、そんな縁談があると聞いて、一切関わってくれるなと言いました」
確かに父や姉にこのことが知られたら、この話はなかったかもしれない。
「も、もう結構ですから、着物を直してください」
「お嬢さんには刺激が強かったでしょう。失礼しました」
肝の据わった様子のセツに、凛子のほうが恥ずかしくなる。
この不思議な縁で繋がったセツに親しみと好感を抱いていた。本当なら決して関わることがないだろう女性に。
「私は気にしません」
姉や父には確かに言いにくい話ではあるが、凛子には今聞いた事実で十分だった。
まっすぐにセツを見て言った。父親が犯罪者だろうがやくざものだろうが構わない。少なくともセツのことで、凛子を裏切っていたわけではないとわかって安心した。
疑心暗鬼になって、相楽を受け入れまいとしていたのが馬鹿みたいだ。
戸を引く音がして、見ると喜一がこちらをじっと見ていた。
セツが咳こんだ。
「もう休んでください」
「私なんぞのために、わざわざありがとうございました」
セツが畳に手をついて頭を下げた。
「やめてください。私、大したこともできないのに押しかけてしまって。お邪魔しました」
思いもよらない事実を知り、安堵と同時に相楽への怒りも湧いてくる。
──隠さないでいてくれたら、疑わずに済んだのに。
考えると二人で膝を合わせてきちんと話したこともない。そこまで言える信頼関係はお互いなかったのかもしれない。
一刻も早く彼に会いたい。
凛子へ家路へと急いだ。
「…………」
自分から切り出すこともできず、質問に答えあぐねていると、セツの話は思わぬほうへと流れた。
「いや、誤解なさるのも無理ありません。あの子の父親は、遼介さんの父親で──早い話が喜一は遼介さんの異母弟ってことです」
「えっ」
思わぬ話に凛子は耳を疑った。
「籍を入れる前にあの子の父親は亡くなっちまったんです。葬式の時に、遼介さんと初めて会いました。初めて会う弟──その時は赤ん坊でしたがね、いたく心配してくれて、父親の遺産なんかは全部こちらに渡してくれた。父親に対して思うことはあるんでしょうが、喜一のことは気にかけてもらってたんです」
相楽は父親に幼い頃捨てられたとだけ聞いている。
本人は軽く話していたが、それなりに傷ついた経験だと思ったからこそ、深くは聞けなかった。
「私、弟さんがいるなんて知りませんでした」
「そうでしょうね。その後もうちが困ってないか心配してくれて、時々喜一に会いに来てくれたんです。年齢も離れてるし、あのとおりよく似てるから遼介さんが父親だって噂も立ちました」
「でもそれならどうして」
やましいことがないなら、どうして話してくれなかったのか。
「あたしがきつく口止めしたんです。もううちとは縁を切るように言いました」
「なぜですか」
セツが着物の前を突然開き、肩をがばっと露出した。肩から豊満な胸まで鮮やかな刺青が広がっている。
「このとおり、堅気の女じゃなくてね。あの人の父親も、叩けばホコリが出る人間でした。ここだけの話、前科もあります。だから、そんな縁談があると聞いて、一切関わってくれるなと言いました」
確かに父や姉にこのことが知られたら、この話はなかったかもしれない。
「も、もう結構ですから、着物を直してください」
「お嬢さんには刺激が強かったでしょう。失礼しました」
肝の据わった様子のセツに、凛子のほうが恥ずかしくなる。
この不思議な縁で繋がったセツに親しみと好感を抱いていた。本当なら決して関わることがないだろう女性に。
「私は気にしません」
姉や父には確かに言いにくい話ではあるが、凛子には今聞いた事実で十分だった。
まっすぐにセツを見て言った。父親が犯罪者だろうがやくざものだろうが構わない。少なくともセツのことで、凛子を裏切っていたわけではないとわかって安心した。
疑心暗鬼になって、相楽を受け入れまいとしていたのが馬鹿みたいだ。
戸を引く音がして、見ると喜一がこちらをじっと見ていた。
セツが咳こんだ。
「もう休んでください」
「私なんぞのために、わざわざありがとうございました」
セツが畳に手をついて頭を下げた。
「やめてください。私、大したこともできないのに押しかけてしまって。お邪魔しました」
思いもよらない事実を知り、安堵と同時に相楽への怒りも湧いてくる。
──隠さないでいてくれたら、疑わずに済んだのに。
考えると二人で膝を合わせてきちんと話したこともない。そこまで言える信頼関係はお互いなかったのかもしれない。
一刻も早く彼に会いたい。
凛子へ家路へと急いだ。