大正浪漫 斜陽のくちづけ
 憔悴しきった顔で自分の胸に飛び込んできた凛子を抱いて、すぐにでも倉庫を出ようとする。

「凛子!」
「無事だったか……」

 頬は打たれたのか腫れていて唇から出血している。着物が乱れていた。上から背広を掛けてやる。
 凛子をかばうように、倉庫をあとにする。市村をどうにかするには、ひとまず後回しだ。これほどあっさり開放したことに違和感はあるが、気が変わらないうちに出なくては危険だ。

「忘れ物だ。お前のせいでさんざん煮え湯を飲まされた」

 振り向いた凛子に向かって、市村が懐に隠していた拳銃で発砲した。
 銃弾が胸に当たり、凛子が後ろに倒れた。
 頭に血が上り、視界が真っ赤に染まる。
 市村に飛びかかろうとすると、再び発砲され、二発目は相楽の肩に当たった。

 灼けるような熱さは感じるが、痛みは不思議と感じなかった。
 構わず突進して馬乗りになり、拳銃の銃口を掴むと、再び市村は銃の引き金を引いた。今度は掌を銃弾が貫通する。
 痛みは感じず、負傷していない方の手で、ただ怒りのままに市村を殴り続けた。

 殺したとしても構わなかった。
 市村の拳銃を取り上げ、銃口を口の中に突っ込んだ。

「死んで償え」

 市村の目が恐怖で揺れている、こちらが本気だと理解したのだろう。
 喉の中に弾を打ち込めば間違いなく即死する。ついに殺しまでやることになるとは思わなかった。
 引き金に力を込めると、

「遼介さん……やめて。殺さないで」

 凛子が起き上がり、こちらを見ていた。着物の胸元に銃弾が当たった痕があるが、なぜか流血はしていない。

「凛子……」

 にわかに冷静さを取り戻したところに、入る機会を窺っていた鈴木が入ってくる。

「社長、殺しはやめときましょう。積み上げたものが台無しになる」

 そう言って近づいてくると、倉庫の外に置いてあった鉄パイプで市村の頭をがつんと殴りつけた。

「これくらいにしておきましょう。死なない程度に。社長に変な罪は負ってほしくないんで。今警察が来ます」

 市村が気を失った隙に、先ほどと同じように手際よくロープで縛り上げた。
 にわかに外が騒がしくなり、警察官がなだれ込んできた。怒号が飛び交う。傷から血がどくどくと溢れてくる。今さら痛みに気づいた。
 ちょうど陽が完全に落ちて、辺りが闇に包まれた。
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