大正浪漫 斜陽のくちづけ
 結局二週間ほど入院し、その間、凛子は新居と病院を往復し、よく看病をしてくれた。
 もう危険は脱したと医師に言われたあとも、よほど恐ろしかったのか、凛子は片時も側から離れようとしなかった。

 退院後もしばらくは安静と医者に言われ、やむなく寝台の上で過ごすことになった。
 シロはしばらくの間に毛もふさふさとして、大分大きくなっていた。寝ていると布団の中に滑り込んできたりして、甘えてくるから情がすっかり移ってしまう。

 凛子はというと、人の世話などしたこともないのに、無理をしてなんでもやろうとするからヒヤヒヤした。
 料理を炭にしたり、食器を割るなんていうのはまだいいほうで、一度風呂で熱湯をかけられそうになった。

「凛子はずっとピアノを弾いたり、歌を作ったりして過ごしたらいいんじゃないか?」

 遠まわしに家事には向いていないことを伝えると、

「私だって役に立ちたいのに」

 とむくれてしまったので、以後黙って見守ることにした。
 一度作った卵粥を誉めたら、毎日作るようになった。最初は卵の殻が混じっていたり葱の切り方も不揃いだったりしたが、段々ましにはなっているから、本人なりに努力はしているらしい。

 必死に新しい生活に馴染もうとしているのもわかる。このちょっと世間とずれた感じもかわいいから変わらないでほしくもある。

「まだ起きては駄目」

 起き上がろうとすると飛んできて止めるから、体が訛ってしまう。

「口を開けて」
「今日も姫様が食べさせてくれるのか?」
「もう……茶化さないで。腕を動かして傷が開いたら困ります」

 食事くらい自分で摂れるというのに、とにかく色々やりたい時期らしい。
 最近は風呂にまでついてきて、体を洗うといってくる。
 昨夜は浴室で長い禁欲生活に耐えかねて、その場でことに及ぼうとしたら、烈火のごとく叱られた。傷が開いたらどうするのかと。

 なんだか、怪我をきっかけにこのまま尻に敷かれそうな勢いがあるが、それも悪くないと思う自分がいる。
 べったりと一日中自分から離れようとしない姿を見ると、もう少し寝たきりも悪くないと思う。

 退屈しないようにと、大量に本を買ってきてくれるが、婦女子が好きそうな手芸の本やらかわいらしい詩集などが大半だった。
 どこか浮世離れしたずれ方も、ほほえましい。
 その少女のような横顔を撫でると、

「なにか、してほしいことは?」

 と訊ねられる。

「添い寝かな。じっとしてると冷える」

 事件以来凛子の気が張っているのも知っていたから、少し休ませたかった。

「じゃあ、少しだけ」

 そう言って、寝台に潜り込んできた凛子に腕を差し出すと、嬉しそうにぴたりと寄り添った。

「凛子、変わったな」
「そうかしら」
「最初は目も合わせようとはしなかった」

 猫のように警戒心が強いぶん、心を開いた相手にはとことん無防備になる。

「遼介さんも変わったでしょう。あったかい?」
「ああ」

 本当は冷え性の凛子の体は相楽より冷たいが、くっついていると互いに温まる。
 しばらくそうしていると、凛子は健やかな寝息を立てていた。慣れない看護で疲れていたのだろう。
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