純・情・愛・人
『さっさとフロ入って寝ちまえ』

カラスの行水で戻った広くんにリビングを追い出され、十一時前にはベッドの中で微睡んでいた。

規則正しい早寝早起きは妊婦のわたしだけでいいのに、彼も毎朝七時前には起きてくる。眠そうな不機嫌顔できっと明日も。あさっても、次もその次も。

取り留めのないことを巡らせているうちに意識が落ち。ふいに、脳を直接叩くようなそれが着信音だったのを、寝ぼけ(まなこ)でサイドテーブルの上を手探った。

『起こしたか』

目を擦りながら耳に当てたスマートフォンから届く、低くて優しい響き。

「うん・・・平気」

『悪かった。薫の声が聴きたくてな』

眠気が消し飛ぶくらい幸せな心地がした。初めて言われたわけじゃないのに今夜は特別だった。わたしのこともちゃんと想ってくれている。それが純粋に嬉しい。

『具合はどうだ、大事な時期だろう』

「やっと楽になって、これからかな、この子が大きくなってくのも」

『ひとりで無理をするんじゃないぞ、俺がいるのを忘れるな。それともお前の男は広己より宛てにならないか?』

淡く笑んだ気配。ほんのり意地が悪そうに。

「そんなこと、な」

スマートフォンを握る指先に知らず力が籠もった。

「・・・でも宗ちゃんだって仕事大変だし、奥さんもいて、わたしまで・・・っ」

『薫』

深い声に真ん中を射貫かれる。
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