純・情・愛・人
「・・・子、おい薫子。なにボケッとしてやがる」

反射的に不機嫌な声音がした方を向いた。キャベツを千切りしていた手は気が付けば止まっていて、包丁をそっと離す。

「あ・・・ごめんね。大地どうかした?」

「ああ、寝た」

初めての育児でいっぱいいっぱいのわたし。心配性のお父さんが親心で広くんに頼んだらしく、このところ妊娠中の時のように、また半同居でいろいろ助けてもらっていた。

そう言えば、いつの間にかリビングが静か。広くんはお昼寝の寝かしつけも慣れて、言ったら怒るから言わないけどけっこう育メンだと思う。

「生姜焼きかよ」

「うん。すぐ出来るから待ってて」

立ったり、拙く動き回る大地は目が離せない。先にお昼を食べさせて眠ってもらってからが大人の休息時間。自分だけなら正直何でもいいけど、定食屋メニューを参考にして内緒の献立表を作ってある。ちなみに明日のお昼は、あんかけ焼きそば。

生姜醤油に浸かってる薄切り肉を見やった彼が、黙って長袖Tシャツの袖をまくるとフライパンを取り出してコンロの前に立つ。

「ありがとう」

「いいから切っちまえ」

一年経ってもわたし達はこんな感じだ。一触即発・・・という風でもなく、素っ気ない広くんと変わらない距離感。離れも縮まりもしないで。

宗ちゃんも、広くんが未だに出入りしているのを咎めることはなかった。
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