純・情・愛・人
洗剤の泡が残った自分の手を見つめたまま、鼻をすすり上げ小さく頷く。

「なら折れるんじゃねぇぞ。・・・お前はずっと日なたで笑ってろ。俺はその為に生きてんだよ、バーカ」

頭の上に乗った手。笑った気配に振り返れば、背中はもうそこに無い。

スポンジを拾い上げて洗い物を続けながら、広くんが置いていった言葉をなぞる。わたしの為に生きる。言われたのは初めてだった。

胸の奥をじんとさせる、名前も付かないこの感情が、種火になって小さな炎を揺らす。消えない。温かい。いつか燃え広がって、わたしごと熔かしてしまったら。

宗ちゃんの顔が浮かんだ。俺にはお前だけだ。俺だけ見ていろ。いくつもの(くさび)がわたしと宗ちゃんを繋いでいる、切れることもない。あるはずがない。

深く息を逃すと水栓レバーを上げた。落ちるお湯の量を絞り、食器に伝う泡を流していく。

折れるな、と彼は言った。

宗ちゃんの結婚式の夜に広くんを送ってくれた朝倉君が、宗ちゃんとわたしの大事なものは違う、そう残したのを思い出した。

どうするよ?

心の中で朝倉君がもう一度、わたしに問う。

きっと自分の中で答えは決まっていた。あとは勇気を出し尽くすだけ。ちゃんと気持ちをぶつけたら宗ちゃんだって。

大丈夫。

わかり合える。

信じる。



・・・だれを?

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