純・情・愛・人
情け深さを称えた眼差しがやんわり弧を描いたのを。答えられなかった。ただ小さく頭を下げるのが精一杯だった。

お父さんに促されて荷物をまとめ、起こされて愚図る大地を抱っこした広くんの、空いた手に引っ張られながら車に乗り込んだ。

坂を下り、有馬の家から遠ざかるにつれ、心臓がまるで雑巾絞りにされていく。宗ちゃんとこんな別れ方で終わるのが、信じられなかった。昼食会が始まる前に時間を巻き戻せたら。

戻りたいなら戻れると、おじさんは“門”を開けたまま見送ってくれた。・・・・・・・・・同じふたりは戻ってこない。傷の付いたレコード盤はそこだけ針が飛んでしまうように。

『後はコウにまかせら』

実家で車を降りたお父さんはいつもの調子で、ウィンドウ越しに片手をひらひら振った。宗ちゃんのことも、これからのことも、お説教じみたことは何も言わなかった。

マンションに帰れば大地の相手や家事に追われ、思い詰めるひまもなく時間が過ぎる。広くんも変わらず、どこも遠慮がない。ないのに、お父さんと一緒で今日のことはひと言も口にしなかった。

寝付きの悪かった大地をようやく寝かしつけると、先にお風呂をもらってベッドの中に潜り込んだ。脇にくっ付けたサークルベッドで、大地はスイッチが切れたみたいに静かだ。

横向きになって手を伸ばし、可愛いおでこの生え際をそっと撫でながら噛み締める。

言葉も増えたらたどたどしいお喋りが始まって、元気に走り回って。この子が今よりもっと楽しそうに笑っていられたら、他はなにも望まない。

少しヤンチャな大地に、庭で三輪車の乗り方を教えている広くんが無意識に思い浮かんで、はっとした。
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