純・情・愛・人
妊娠が判ったとき広くんは、口惜しそうに、哀しそうに、自嘲気味な色をにじませ笑った。

『上等じゃねぇか』

誰に向けた言葉だったのか。訊けなかった。

『間違えんじゃねぇぞ薫子、その赤ん坊は俺達のだ。俺の子だ』

凛とした眼差しに吸い込まれた。芯の通った力強い響きに胸を打たれた。

お父さんは『こういうのは授かりモンだからよ』と、手放しだった。わたしと広くんがお互いを埋め合えたと疑わず、ただ喜んでくれた。

報告に行ったその夜。広くんと躰を重ね、ひとつになった。わたしから望んだ。決意とか代償とかじゃなく、心が広くんを求めた。園部広己の妻になりたいと願った。

『憶えてろ。最初からお前は俺のなんだよ、・・・バーカ』

そんな甘い声を、今までどこに隠していたのか知らなかった。

守るように労わるように、時間をかけ優しい愛撫を繰り返した。言葉の代わりに唇を繋げ合った。白濁の熱を奥に注いでくれた刹那、わたしの中で息づく命が本当にふたりの赤ちゃんになった。気がした。

「ママー、のどかわいたー」

「ひなも~」

「お手手、キレイキレイにしてからでしょ?」

ウェットティッシュとハンドジェルで汚れを取ってあげてから、それぞれストロー付きの子供用ボトルを手渡す。中身はどっちも薄めな麦茶。

「俺ビールな」

シートに胡坐をかいて日奈を抱っこした広くんには、クーラーボックスから冷えたノンアルを。

「コーキはちがうやつ?ずりー」

「ズルくねぇよ、麦茶の親戚だって言ってんだろ」

聞いていると、父親とおませな息子の、というより歳の離れた兄弟みたいな会話が毎回ほほえましい。
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