純・情・愛・人
「あーっ、コーキがオレのからあげたべたー!」

「あ?その皿に乗ってんのは唐揚げじゃねぇのかよ?」

「つぎにたべよーとしたやつ、たべたー」

「ぜんぶ食ってから文句言え」

可愛らしいケンカはいつも広くんが圧勝。わたしも勝てたことがない。でも日奈には甘くなりそう。年頃になった娘に手こずる広くんを想像した。

・・・宗ちゃんだったら。とは思わなくなった。胸の奥で、静かに佇んでいた姿はいつの間にか遠ざかり、小さくなっていた。

隣りに当たり前に広くんがいて、当たり前に三十年後、五十年後の未来にも意地悪に笑う広くんがいる。

「薫もさっさと食わねぇと、口移しで食わせるぞ?」

やっぱり悪そうな顔は半分本気。

「ママ、あーん!」

少し不格好にウインナーの刺さった子供用フォークを差し出す大地。

屈託ない笑顔と一緒に切り取れた、綿を千切ったような雲を浮かべる澄んだ空。なんだか青さが目に染みた。

“ありがとう”

ふいに心の中で零れた。

今のわたしをくれてありがとう。

消えないものを残してくれてありがとう。

宗ちゃんがくれたものだから愛せる。

思い出も傷も、愛してる。

懐かしく笑いあえる日は来ないけど。

あの日でぜんぶ終わってしまったけど。

さよならは取っておくね。

最後の最後に言わせてね。

『宗ちゃんといさせてくれてありがとう。

わたしを好きでいてくれて、ありがとう』

交わした約束の言葉と一緒に。





FIN



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