純・情・愛・人
クラスメイトにお嬢さん呼びをされるのも妙な心地だったけど、案内のお礼を言おうと振り返ったときには朝倉君はもういなかった。

「今年も娘の節句を祝えて何よりだ」

掘りごたつ仕様の広い座卓の上には、厨房で腕をふるってくれている知り合いの板前さんの料理が次々と並ぶ。向かいの座椅子にゆったり落ち着き、一喜(かずき)おじさんからの盃を受けるわたし。

「せがれも悪くないが、娘は幾つになろうが可愛くてな。こればっかりは(ダイ)が羨ましくてしょうがない」

大の一文字で『まさる』がお父さんの名前。和服姿で紳士然としたおじさんの、凛々しい顔がやんわり破顔した。

「勝手に楽しみにさせてもらってるよ。・・・こいつは取っときな」

「ありがとう、おじさん」

廊下には閉め切ったガラス障子越しに、警護係の人影が微動だにせず透けていた。漏れ聞こえるだろうけど、二人だけの時は堅苦しい敬語は使わない。楽しみだと言われてしまえば、懐からすっと出されたのが祝儀袋でも素直に受け取らせてもらう。

「宗吾は野暮用で済まねぇな」

昨夜(ゆうべ)、本人とも電話で話した。おじさんの名代でどこかの後援会のパーティーに出席するとか。
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