純・情・愛・人
『二言がないなら、真っ当に生きて薫と一緒に逝ってやれ』

負け惜しみに聞こえなかったのがシャクに障った。障った分、どっか心臓が軋んだ。

兄貴は前科持ちになる。ケジメつけて、カタギの俺達とは二度と関わらねぇつもりだろう。俺の勝ちだ。・・・手放しで喜べる気がしなかった。

薫子と兄貴にはこの先も染みついて消えねぇものがある。俺はそいつを上から塗り潰してく。色が変わるまで何度でも。

「ああ、あの世でも道連れだ。地獄(そっち)から指くわえて眺めてろ」

『・・・指一本で俺がいつでも薫を攫えるのを忘れるな』

「俺に引導渡されてぇなら、いつでも来やがれ」

それまで無様にくたばるんじゃねぇぞ。胸ん中で毒づいた。

仄かに笑った気配がして『じゃあな』と、ノイズにまぎれ声が掻き消えた。俺と兄貴にしちゃ上等な最後(わかれ)だった。

テーブルに放った真っ黒い画面をじっと見下ろす。

「・・・素直に言えクソ兄貴」

薫が選んだのが俺でよかっただろ。

灰皿を引き寄せ、煙草に火を点ける。家じゃ絶対に吸わねぇと決めて本数も減った。スーツに染みた臭いを嫌がるアイツの顔が目の前をうろつく。

昇ってく紫煙を目で追い、(くう)を仰ぐ。惚れた女が笑ってりゃ、それでよかったんだろ? 

「今でも惚れてるなんざ、薫には死んでも教えてやらねぇよ」

濁った吐息を長く逃しながら、気が滅入ってくるのを誰のせいにすりゃいいのか。考えるのも面倒だった。

もう一本、煙草に火を点けた。




END


< 185 / 186 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop