純・情・愛・人
好きでしょうがない人を独り占めして贅沢時間を過ごした丸二日半。帰り際は玄関先で抱き付いたまま、未練がましく離れられない。

「また連絡する。いい子で待っていろ」

「・・・うん」

ラフに羽織ったシャツからは馴染んだ柔軟剤の香りがした。クローゼットには普段着のほか、スーツやネクタイも数着分。隙間なく埋まる日がいつか来るだろうか。

「薫」

おずおずと顔を上げる。ひとしきり繋がったキスが(ほど)かれ、観念して自分からそっと離れた。

「行ってらっしゃい」

宗ちゃんを迎えるときは『お帰りなさい』。わたしにとって、大切な大切な呪文。愛してると同じくらいに。

「・・・薫」

視線を合わせて一瞬、宗ちゃんの眸が揺れた。気がした。

「俺にはお前だけだ」

頬をなぞった指先の温もりが、低い静かな声が、背中を見送ったあとも消えずに残って。部屋(ほか)にも沢山残していってくれた。過ごした分だけ、あちこちに宗ちゃんの名残を。

「明日の用意しなくちゃ」

出勤準備と。明後日からの飛び石連休は、実家とここの掃除に明け暮れそう。時間割を考えるふりで寂しさを小袋に詰めこんだ。





『おー、園部?ヒマなら飯でも食わね?』

・・・・・・後半の連休は初っぱなから予定が狂う。番号を交換したきり、あれから一度も連絡を取っていなかった朝倉君からの誘いで。
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