純・情・愛・人
少しは動かないと体に悪いと、もっともらしい理屈で納得してもらい、広くんに家事を丸ごと譲ったわけでもない。わたしが動き始めると黙って部屋に籠り、会話も必要最小限。部署が違ってあまり接点がない社員との距離感に似ている。

お昼前、メッセージアプリで深町さんに欠勤のお詫びと、業務で問題がないかを訊ねる。休憩中のスマートフォンの使用は許されていて、たまに無料通話機能で直に話したりも。

“7月1日付けで新人が来るらしいよ。あたしも新人かw”

早速返信が届いて、お弁当を食べる箸を止めながら文章を打ち込む姿を浮かべる。

“それまでに引継ぎノートを完成させますね”

“たすかるー”

そのあとに、“ムリしなくていいからね”が続いた。いつも気遣いの温かい人だ。

“ソノちゃんの体調が落ち着いたらゴハンでも行こうよ。ベビーちゃんのお祝い”

まさかそんな風に言ってもらえるなんて、本当に思ってもいなかった。可愛らしい『オメデトウ』の文字付きスタンプに目頭を熱くしながら、勝手に頬が緩んだ。

“ありがとうございます。楽しみです”

わたしもお辞儀をするパンダのスタンプを添えて送った。

一回ぐらいなら迷惑がかかることもないだろう。今までこれといって会社には楽しかった記憶もないけど、最後の最後で特別なオマケを引き当てた気分だった。

そんな彼女と、先まで(えにし)が繋がる未来も引き当てていたことを、この時のわたしは何も知らない・・・。
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