純・情・愛・人
他に誰もいないのが久しぶりに思えた朝。土曜日でゆっくり寝坊してもよかったのに、目が冴えて八時前に起き出してしまった。

自分だけだとリビングがひっそり広く感じた。ブラインドカーテンを開放して窓を開け、空気を入れ替える。蒸した緑と土の匂いが鼻の奥を通り抜け、湿っぽく肌を撫でる風は、期待したほどの心地よさは感じない。

天気予報は曇り。雨は持ちこたえそうだ。凜々しい羽織袴姿の宗ちゃんが目に浮かんだ。

降らなくてよかった。・・・と、素直に思えるほど割り切れていないのも確か。だけどこの子がいてくれるから、真っ直ぐ(うえ)を見上げられる。俯かないでいられる。

お父さんの話では、神社で神前式を挙げ、馴染みの料亭を貸し切って内内に披露宴をするそうだ。

広くんも触れなかったことをわたしに聞かせたのは、現実をあえて突き付けた親心に思えた。

『これで正式に宗が永征会の跡取りってこったろ。今までみてぇに気楽に会いにくるってワケにもいかねーわな』

ここから始まる、宗ちゃんが進む人生(みち)とわたしの決めた人生(みち)。間に大きな川が横たわり、別れた岸に沿って同じ方角へ伸びる。

わたしから向こう側に渡ることはできず、どこかで橋が交わることもない。でも赤い糸が繋がっている、川を跨いで宗ちゃんの指に。
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