愛はないけれど、エリート外交官に今夜抱かれます~御曹司の激情に溶かされる愛育婚~
ほどほどにと上司に指示されたにもかかわらず、その日、南は一心不乱にパソコンに向かっていた。
お昼もとらずにいたが、見かねた真帆がサンドイッチを差し入れてくれたため、それを頬張りながら画面と睨めっこ。気づけばフロアには南ひとりだけだった。
(あれ、もうこんな時間?)
電気こそついて明るいが、部署内には南だけ。みんなが『お先に失礼しますー』と帰っていくのを片方の耳で聞きつつ、パソコンから目を離さずにいた。
金曜日のため、できれば今日中に仕上げたかったのだ。いくら仕事が好きでも休日出勤はなるべく避けたい。そもそも明日は大事な予定があるから無理である。
分析シートを保存し、ようやく完了。大きく伸びをしてデスク周りを片づける。フロアの電気を落とし、ロッカールームからバッグを回収し退散した。
間もなく六月下旬。ビルから外へ出ると、梅雨の時期特有のどことなく湿った匂いが鼻をかすめていく。雨は降っていないが、夜空には雲がかかっていた。
南が歩きだしてすぐ、バッグの中でスマートフォンが鈍い振動音を伝える。
「あ、碧唯くんだ」