なぜか推しが追ってくる。
「そうだね。確かに俺は10歳にも満たない頃の初恋を、高校生になった今でも鮮明に覚えてるような痛い奴だよ。……だけど、“彼女”と今俺の目の前にいるキミとが全然違うことぐらいもう知ってる。ちゃんと、わかってる」
レモンの香水の爽やかさとはかけ離れた、必死で、激しさのある声。
それでもわたしは首を振る。どうしても否定してしまう。
「うそ……。わたしのことなんて大して知らないくせに」
「じゃあ教えてよ」
「え……」
「武藤瑞紀のことをもっと俺に教えてよ。そして逃げないで、俺を正面から見てよ」
息を飲んだ。
恭くんから全力で逃げる、距離をとればわたしの中で『別世界の住人恭くん』のままでいてくれる。そんなことを、彼が転校してきた日に決めた。
だから「逃げないで」という言葉が重く胸にのしかかった。
──「推しの若手俳優天羽恭」と「クラスメイトの天羽くん」を分けて考えられてるなんて得意げに思ったこともあったけど、勘違いも甚だしい。