冤罪で処刑され、ループする令嬢 ~生き方をかえてもダメ、婚約者をかえてもダメ。さすがにもう死にたくはないんですけど!?
 髪を掴まれた。このままではお気に入りの髪飾りが壊れてしまう。お上品なふりをしてやることは下品でえげつない。あの貧民街の孤児院と変わらない。いいえ、巧妙なぶん、もっとひどい。ほんと大嫌い。

「おやおや、何の騒ぎだい?」

 そこに紳士の落ち着いた声が割り込んだ。顔を上げるとアーネスト・コーエン伯爵。ミザリーの婚約者だ。金糸の刺繍が入った黒の正装は、彼の平凡な容貌を引き立てている。スラリと背が高く、いつもより素敵に見えた。

 だが、アーネストの素敵さは容貌にあるのではなく、その性格だ。確か今日もミザリーをエスコートしてきたはずだが、いまは彼女を伴っていない。

「いえ、あのレティシア様が、紅茶をドレスにこぼしてしまったようでハンカチをお貸ししようかと」
 
 突然のアーネストの登場に狼狽え、そんな風に言葉を濁す。舞踏会の隅でこんな陰湿ないじめがあったことがばれたら、彼女たちの評判に傷がつく。

「それはたいへんだ」
 アーネストが目を眇めると、令嬢達はさっきの威勢もなくなり、愛想笑いを浮かべ、散っていった。彼はレティシアの窮状に気付き声をかけてくれたのだ。

 レティシアはほっとした。アーネストは変わらず親切だ。良く気付く人で、本当に憧れる。ミザリーの相手にぴったりだと思った。

「ありがとうございます。本当に助かりました。」

 相変わらずレティシアのマナーはぎこちないが精いっぱい礼を言った。
 いつもはトレバーがいて、令嬢達にあのような目に合わされることはないのだが、今日は少し油断していた。リーンハルトはそうそうにどこかに行ってしまうし……。彼女たちはこの隙を狙っていたのだろう。

 アーネストに助けてもらえたのは嬉しいけれど、今日の為にあつらえたお気に入りのドレスが台無しだ。しょんぼりとするレティシアにアーネストが優しく微笑み、ハンカチを差し出す。
 レティシアが礼を言って受けとると
「アーネスト様」
 そこへミザリーのいつになく鋭い声が割り込んだ。目を向けると彼女のいつもはバラ色の頬が青ざめ、引きつっている。ミザリーから向けられる冷たい眼差しにレティシアはたじろぐ。
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