冤罪で処刑され、ループする令嬢 ~生き方をかえてもダメ、婚約者をかえてもダメ。さすがにもう死にたくはないんですけど!?

殺されないために



 顔合わせで、なごやかに両家の話が進むなかにあってレティシアだけが、だらだらと冷や汗をかく。

(彼に初めて出会って、私は、どうした?)

 あらためてトレバーを見る、茶色の髪に緑の瞳、整った目鼻立ち、そして三歳上の十八歳。レティシアは十九歳で彼と結婚し、二十歳の誕生日を目前に処刑される。

 そのとき唐突に、初対面のトレバーにどういう態度をとったのか思い出した。
 不貞腐れて口を利かなかったのだ。彼みたいな素敵な男性が自分を愛してくれるわけないと勝手にいじけて、挙句の果てに。

「あなたの婚約者が美しくて賢いお姉さまではなくて、残念ですね」
 
 などと憎まれ口をたたいた覚えがある。初対面でだ。そしてその三か月後に彼との婚約は決定した。トレバーは嫌だったのだろうが、結婚は家同士のことで、断れなかったのだろう。
(あれ? 私、恨まれて、嫌われて、当然……)

「レティシア、聞いているのか?」
 オスカーの強い口調に慌てて顔を上げる。うっかり回想に浸っていた。
「え?」

 義母オデットが無作法で申し訳ありませんと謝る声が遠くで聞こえた。
 
 前回は義父母が自分を子爵家の嫡男に押し付けたと思って、ひがんでいたが、結婚してその裕福さに驚いた。ブラウン家は家格ではシュミット家に劣るものの、家はいくつもの大きな商会と太いつながりを持っていて、財力ではシュミット家を凌駕していた。
 
 だから、それなりに発言権を持つブラウン家に義父母も気を遣っている。

「ふたりで庭をまわってきなさい」

 オスカーが言う。これは、あとはお二人でというやつだ。レティシアの決意は固まった。今度は間違えない。

 レティシアの態度に戸惑っているトレバーの緑の瞳とぶつかる。その瞬間、精一杯の笑みを浮かべた。

「どうぞ、よろしくお願いいたします」

(どうか、私を嫌わないで、恨まないで)

 レティシアはとにかく笑った。そして感じよくした。もう、誰にも嫌われたり、恨まれたりしたくない。殺されるなんて真っ平だ。
 
 結果、婚約は前回と同じように三か月後ではなく、その翌日に決まった。


 その日からレティシアは変わった。今まで茶会や夜会などわがままを言って出なかった。なぜなら、シュミット伯爵家の義姉弟は完璧だったからだ。いつでも養女の自分が、彼らと比べられるのが嫌だった。





05 レティシアの生い立ち 


 レティシアの実母スーザンは、下町の酒場で女給をしていた。とても優しくて、美しい母だったのを覚えている。貧しい生活だったけれど、それなりに親子二人で幸せな生活を送っていた。どんなに帰りが遅くても
「私の可愛いレティシア」
そう言って抱きしめてもらうと寂しさなど吹き飛んだ。

 しかし、彼女が八歳の時にスーザンは質の悪い流感にかかり、あっという間に亡くなった。当然、財産は何もなくて、レティシアには細い銀の指輪が一つだけ残される。

 それ以降、肉親のいない彼女は貧民街の孤児院に預けられることになった。さいわい、形見の銀の指輪はあまり美しいものではなったので、孤児院でも取り上げられることはなかった。
 
 だが、貧民街にある孤児院はとても荒れていて、髪の色と瞳の色が珍しかったことも手伝い、レティシアは随分と苛められる。「幽霊」だの「化け物」だのと言われ、まごまごしていると騙されて食事を他の子に奪われることもあった。

 すっかり根性がひねくれた十一歳のときに、親戚と名乗るシュミット伯爵オスカーがやって来た。

「君はね。私の親戚の忘れ形見なんだよ。家族になってくれるかい?」
 
 そう言ってオスカーは微笑んだ。 
 彼によるとレティシアの父は貴族で、オスカーの従兄弟に当たる人物だという。それがメイドと駆け落ちし、生まれたのが、レティシア。その後、すぐに病で父は亡くなり、母が一人で育ててくれた。
 
 そんなレティシアをシュミット伯爵が引き取り、養女にしてくれるという。夢のような話だが、レティシアは既に人を信用できない子供に育っていた。


 その後レティシアは王都の大きなタウンハウスに連れて行かれた。
 出会ったのが、美しく完璧なシュミット家の姉弟だった。

「こんにちは、レティシア」
「ようこそ、レティシア」

 綺麗な金髪に、完璧なマナー。

(……綺麗、天使みたい。本当に彼らが家族?)
 
 レティシアは孤児院の隣にある教会で見た宗教画を思い出す。

 ちょうどこの姉弟のように美しかった。それに気づいた瞬間、とてつもない気おくれを感じた。

 最初は彼らのようになりたいと頑張った。養父母もレティシアに礼儀作法を身に着けさせようと、家庭教師を雇ってくれたが、三月(みつき)もすると嫌になり、努力を放棄するようになる。なぜなら、全く成果があがらなかったから。

 レティシアには無理なのだ。しょせん義姉のミザリーや義弟のリーンハルトとは生まれも育ちも違う。
 
 読み書きの出来ないレティシアが、文字を習っている間。彼らは詩を暗唱し、文学を語り、音楽を奏でる。差は歴然としていた。そのうえ、リーンハルトには魔法の才があるという。そのため特別の教育を受けていた。レティシアにも魔力はあるが、才能があるとは思えない。彼らに憐れむような目で見られるのは業腹だし、みじめだ。

 そのうえ義姉ミザリーは明るく優しく皆に好かれている。家に来客があると、皆ミザリーに会いたがり、彼女を褒めそやす。義姉はいつも笑顔で、たくさんの人達に囲まれていた。
 レティシアも来客があると挨拶に下りて来いと言われるが、そんな美しく完璧なミザリーと並ぶなんて真っ平だ。

 挨拶が済めば、誰も声などかけてくれない。まるでいない者のように、触れてはいけない者のように扱われる。

(この家でも私は毛色の違う、幽霊……)

 レティシアの僻みは加速していった。



 それにレティシアは最初の茶会で失態をおかしている。それ以来頑なに参加を拒否していた。
だが、これからのレティシアは違う。「どうせ、私は」などといってもう逃げたりしないと誓った。

 夫の愛が冷めて殺されないために。
 というか、最初から、彼に愛なんてなかったかもしれない、だけれど……。

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