酩酊メロウ
「……痛い」


ところが、伸び放題の無精髭が口周りに刺さって憂雅さんから離れた。


「ごめん、風呂入るついでに剃ってくる」

「その前におひげ、触らせてください……」


口を押えたら謝られたけど、剃ってほしいわけではない。
むしろ滅多に見ないその姿を目に焼き付けたい。
疲労困憊ですぐ休みたいのは気持ちは分かるけど、憂雅さんは服の裾を掴んでお願いしてみた。


「んっふふ、ジョリジョリ」

「満足そうだな」


憂雅さんは願いを聞き入れてくれて、リビングのソファで思う存分ヒゲに触れる。
されるがままの憂雅さん。しかし目線は手に持った爪ヤスリに注がれていた。
疲れてるなら何も考えずゆっくりすればいいのに、爪切りで切った部分を綺麗に丸くしていた。


「憂雅さんが伸ばしたところ見たい」

「澪がさっきみたいに嫌がるだろ、キスしたら痛いって」

「私のために剃ってるんです?」

「ああ、ヒゲもそうだけど、こうやって爪を丁寧に整えるのも澪のため」


私のために爪を?察しの悪い私はその言葉でようやく理解した。
最中に私の体を傷つけないように気を使ってくれてるのか。憂雅さん、1週間ぶりだからってする気満々だ。


「……どうせ1週間ぶりで期待してたろ?ちょっと待ってな」


両手指の爪を整えた憂雅さんは、立ち上がって私の頭を撫でる。
期待してたわけじゃないけど、大人の余裕に惑わされて何も言えなかった。
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