【完】大人の世界~甘美な毒に魅せられて~
背中にその人の手が回っていた。

「けがしてない?」

「いえ、大丈夫です」


体を離そうとしてやっとわかった。

その人が誰かってことを。


彼は廊下に落ちてしまった私のめがねを拾い上げるとこう言った。


「ごめん、めがね壊れちゃったみたい」


ぼやけた視界の中でフレームがゆがんでしまった私のめがねが姿を現した。


「沢木アヤさん。君、めがねしてないほうがうんとかわいいよ」

「え、え?? そんなこと…」


頬が赤らむのが分かった。

自分の容姿をほめられたことなんかない私は、ほんの少しそれらしきことを言われただけで舞い上がってしまう。


しかも、彼は――。



「ねえ、このめがねじゃ授業にならないでしょ。一時間目ぬけて直しに行ってこよう」









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