その先の物語

案内

 下校する生徒達が地下へ降りていく。

 背後から勢いのある水の音が耳を打つ。

 大きく口を開けた竜。その口からあふれ出す透明な液体。

 大抵の学校には似つかないその建造物は噴水である。

 この学校は、地下に下足箱がある。

 来客の際を見越して、1階ホールの景観を守るためだ。

 噴水を背に、左目に長蛇の列が映る。購買部だ。

 そしてその隣に、食堂がある。

 私は龍矢君に「噴水集合な」と言われ、ここへ来ていた。

 龍矢君は、自販機で飲み物を買ってからくるとのこと。

 ……教室でよかったんじゃないの?

 そう思わなくもないが、勝手の分からない私は従うしかない。

 まぁ、考えがあってのことだろうし、別に変なことも……ないだろうし。

「待たせたな」

 自販機で買ったのだろう――小さなミルクティーを片手に、彼は姿を現した。

 背筋をピンと伸ばして、きれいに歩いてくる。

「ありがとう。龍矢君」

「『りゅう』でいい」

 龍矢君――りゅうはそう言うと、私を置いてそそくさと歩いていく。ついてこいということなのだろう。

 彼に従って階段を上がる。

「うちの学校は南棟、北棟、別棟の3棟ある。南棟の1階はお前もさっき見ただろう。食堂と購買。ここ2階は中1のフロアだ。全8クラスある。その上は中2と中3だな。中2が6クラス、中3が4クラスだったはずだ」

 学校、学級の規模を定めた法律――長ったらしすぎて覚えていないが、通称『標準法』からはひどくかけ離れた数値だ。

 私の通っていた市立の小学校と比べるといささか現実離れしているが、私立のマンモス校というのはどこもこんな感じなのだろうか。

 なぜこんなことを知っているかというと、私は小学生の頃、学校の先生になりたかったからだ。

 「なんでクラスは3クラスで、クラスメイトは30人しかいないの? それに、1年生は1クラス25人だよね?」と聞いたら先生が教えてくれた。

 昔は40人だったらしいが、改正が重ねられて30人になったらしい。

 なお、私のクラスは普通にクラスメイトが42人いる。私立だから許されるのだろう。

 そんなことを考えながら彼についていっていたら、渡り廊下を渡っていた。

「南棟から北棟の渡り廊下は1階と2階しかない。1階の渡り廊下は別棟や北棟の体育館に繋がっているから、体育館を通らないと北棟には行けない。だから、体育の授業でもない限り2階経由で行かなきゃいけない」

 北棟に足を踏み入れる――といっても、さっき来たところだ。眼前には私の教室がある。

「この階は高1と高2の階だな。高1が10クラス、高2が8クラス。上の階は高3の階で、9クラス。下の階は体育館だ。後は別棟とグラウンドだな」

 歩を進めようとするりゅう。

「待って?」

 私は律儀にも全てを案内してくれようとするりゅうに申し訳なくなって、呼び止めた。

 りゅうは振り返って、「どうした?」と私を一瞥する。

「あの、りゅうのおかげで大体分かったから、もういいよ? 私のためにありがとう」

 そう言うと、りゅうは再び私に背を向けて――――。

「うっさいなぁ。明日以降、お前が『行ったことないから分からない』とか言い出したら俺のメンツ丸潰れなんだよ。お前も女子なんだから、少しは俺を立ててくれてもいいだろう」

 また私を置いてそそくさと歩き出すりゅう。

「……ぷっ」

 おそらく照れ隠し――の言い訳があまりにも雑すぎて、私はつい噴き出してしまう。

 女子だから――とか、……そんなの今時流行らないっていうのに。

 でも……裏を返せば、私を女として見てくれてるってことよね?

 …………少し、嬉しいかもしれない。

 ひいおばあちゃんがもし今も生きてたとしたら、ものすごく怒りそうだけれど。

 それにしても、教室ではあれだけ嫌がってたのに。りゅう、意外と優しいのかも?

 そんなことを考えていたら、いつの間にかりゅうの姿が見えなくなっていた。慌てた私は、小走りでりゅうの後を追う。





「……なぁ、りゅうが女子連れてたぞ」



 ――――空耳だったかもしれない、と思うほど。


 小さく…………本当に……小さく。


 そんな男子の声が聞こえた――――気がした。
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