タイムスリップ・キス
「大丈夫ですか!?お客様!」

「ありがとうございます、僕は大丈夫です」

すぐにやって来てくれた店員さんが伊織先輩におしぼりを渡した。

「お客様は、大丈夫ですか?」

「わ、私も!大丈夫です!すみません、テーブル濡らしちゃってっ」

「テーブルはこちらで片付けますので、気にしないでください」

恥ずかしさと緊張から落ち着かない心をなだめる間もなく、すぐにテーブルはキレイになった。

また新しい水がコトンッと置かれた。

今度はこぼさないように気を付けなきゃ…
慌てないように、落ち着いて。

丁寧にダージリンティーを注文した。

初っ端からインパクトしかない再会になっちゃった…

もう、最悪自分…
なんでいつもこうなの…

長いタメ息が止まらない。

せめてもう少しちゃんとしたあいさつから始めたかった。

ずっと会いたかった伊織先輩なのに。

「………。」

…しょうがない。
起きちゃったことはしょうがない。

なんでも起きてしまったことはしょうがないことはすでに学んできたんだ。

スッと背筋を伸ばした。

ごくんっと水を一口飲んで、サッと切り替えて伊織先輩の方を見た。

「い…っ、すみません。さっきは、ありがとうございました」

「いいえ、濡れなくて良かったですね」

声も表情も話し方も、伊織先輩だった。

「あの、ハンカチは洗って返しますから!」

「全然いいですよ、良いハンカチってわけでもないんで」

その笑顔は高校生の頃のまま、少し大人になったけど変わらない、私の大好きな伊織先輩だ。


今目の前にいる。


つい見とれてしまった。

「…あ、いえ!でもハンカチは、洗わせてください!」

ちょっと強引だったかもしれない。

でもここで引き下がるわけにはいかなくて。

何でもいいからキッカケが欲しかった。

だってやっと会えたんだから。

「お願いします…!」

「…じゃあ、お願いしようかな」

にこりと微笑んだ伊織先輩が私の心に飛び込んでくる。

キラキラした光りが消えない気持ちを刺激する。

諦めなきゃいけなかったのに、忘れられなかったあのドキドキが一瞬で沸き上がった。


“私から告白したの”

未来(こっち)の私はもうそんな気持ちどこかへ行っちゃったの?

それともやっぱり隣には小西先輩がいるんですか?

5年経って伊織先輩はどうなりましたか?
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