タイムスリップ・キス
無理矢理伊織先輩と約束を取り付けた夜、手洗いで青いハンカチを洗った。

伊織先輩のハンカチって思うだけでやたらドキドキして、なんだか恐れ多いような気さえした。

「晴、何してんの?」

「え!?」

洗面所でこそこそしてるのが山田にバレた。ひっそりと洗って干しておこうと思ったのに。

「ん、ハンカチ?どうした、それ」

「え、えっと…」

怪しまれたハンカチの理由を咄嗟になんて言おうか考えた。本当のことは言えなかったから。

「制服のポケットに入ってたの!ずっと忘れてて、洗っとこうかなって!」

青いハンカチだって、別に私が持ってたっておかしくはない。
確かに趣味じゃないけど、例えばお父さんに借りたとかなんとか詳しく聞かれたらそう答えればいい、よね。

「へぇ」

と呟くだけでそれ以上何も言ってこなかった。

そこは突っ込んで来ないんだ。その方が助かったけど、なんか拍子抜けしたような気分だな。

「あ、アイス食う?今日買って来たんだけど、冬に食うアイスも美味いよな」

「うん、…食べる」

手洗いしたハンカチをベランダに干して、アイスをもらいに行った。

ベッドに背を向けもたれるようにして、クッションの上に座り2人でカップアイスを食べる。

テレビのない部屋だ、外からの音がたまに聞こえるだけで基本は静か。車通りも人通りも少なく、夜なんか特に物音が少ない。

山田のスマホをタップする音だけがトントンと聞こえていた。

「なぁ、晴。昔言ってたプラネタリウム本当に出来たんだぜ」

スプーンを咥えた山田が何気なくグイっと近付いた。

私にスマホの画面を見せたかったんだと思う。

だけど慣れない感じにビクッとなってしまった。

「近いっ!」

「あ、つい」

アイスを持ったままの両手で山田の体を押し返した。

めちゃくちゃ顔が近かった。

ほとんどくっ付くんじゃないかってぐらい。

「晴だと思うと距離感忘れるな」

…付き合ってる山田と私の距離感はこんな感じなんだ。

え、なんか急にリアルになって来たかも。

「や、山田…さんはさ!」

「なんで急にさん付けだよ」

「年上だし…、今」

「散々山田って言ってただろうが」

わざと壁を作ったような言い方をしてしまった。
変に緊張が高まってしまうから。

「なんでもいーよ、別に」

“案外未来も悪くないだろ?”

もしかして連れ出してくれたのかなって思ってた。

私が不安そうにしてたから。


過去(いま)の私はそうじゃなくても、未来(こっち)の私にとっては山田は彼氏で。

私は彼女。


ほっとけなかったのかなって。

「…プラネタリウムが何?」

「あ、そうそう!高校生の時…って今もか、言ってただろ?噂ばっかで全然出来ないプラネタリウム!あれが本当に出来たんだよ!」

「え、本当に!?」

つい最近まで想像でしかなかったプラネタリウム、実際に出来る未来があるとは思ってなかった。

伊織先輩と一緒に行くことを夢見てたプラネタリウム。

それが本当に見られるかもしれない日が来るなんて思ってもみなかった。

でも未来(こっち)の私は、山田と行くのかな。

それも私には想像できないなぁ。
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