タイムスリップ・キス
「なっちゃん付き合ってくれてありがとうね」

「いいえ、全然!」

最高に至福な時間提供にお礼を言いたいのは私の方。

これは5年前には出来なかった経験。

「クッキー、お口に合うといいです!」

「うん、ありがとう」

お店を出てあのカフェの方へ歩き出した。

まだ伊織先輩と一緒にいられることに緩みっぱなしの頬は明日筋肉痛になるんじゃないかって思った。

ただ並んで歩いてるだけなのに。


伊織先輩が微笑んでくれるから。

大人になっても変わらない。

変わらないものってきっとあるんだ。


ひゅうっと冷たい風が吹いた。

心がぽやぽやし過ぎて気にしてなかったけど、真冬の1月。この時期の北風は頬に刺さるほど冷たい。

「寒っ」

思わず緩みっぱなしだった頬を両手で抑えた。でも手もめちゃくちゃ冷たかった。

「今日寒いね」

「そうですね、地球温暖化は進んでないんですかね」

「進んでたらそれはそれで困っちゃうけどね」

何気なく空を見上げた。
雲が多くて、青が薄かった。

だからこれも何気なくだった。

「雪が降りそうな天気ですよね」

“雪降りそうなぐらい寒いですよね”

「雪が降る条件は上空1500メートル付近の気温がマイナス6度以下、地上の気温が5度以下の時だから…今日は降るかもしれないね」

前にも聞いたこの話。
私からしたら最近聞いた話だけど、伊織先輩からしたら5年も前のなんとなくした会話なんて覚えていないと思う。学校に向かうしんどい坂道で話したことなんて。

「そうなんですね!」

なぜかそれがすっごく嬉しかった。


あの頃の伊織先輩がいたから。


変わらない伊織先輩が今もう一度、目の前にいるから。
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