タイムスリップ・キス
「優月、大丈夫?」

「うん、私は大丈夫」

濡れたハンカチを持った小西先輩が反対の手でお茶の入ったコップを持とうとした。

「優月のコップ持っていくから、手洗っておいでよ」

すぐに横に立った伊織先輩が“ね”って微笑んだ。

小西先輩に。

小西先輩の手に触れながら。

私のたどり着けない場所だ。

「ありがとう、伊織くん」

伊織先輩が小西先輩を見る瞳は私が初めて見る伊織先輩だった。

あんな表情、私には見せたことない。

そんな伊織先輩知らない。

「椎葉、行くぞ」

「あ、うん…」

ぎゅうぎゅうに詰められた備え付けの筒に入ったストローを1本取った。

表面張力でギリギリ、いっぱいになったオレンジジュース。

それがやたら申し訳なく思えて、溢れる前にどうにかしなきゃと思った。

どうにか…


伊織先輩…

私も呼び捨てされたかった。


トロンっとした瞳で見られたかった。

触れてほしかった。

触れたかった。


聞かなくてもわかる、伊織先輩がどれだけ小西先輩のことを想っているか。


私が知らなかっただけで、伊織先輩は小西先輩のことが好きで好きで大好きで…



告白して付き合えたんだ。



私の気持ちばかり膨れた伊織先輩への恋心、早く流し込んで消してしまおう。

このオレンジジュースと一緒に。
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