タイムスリップ・キス
「ごちそうさまでしたっ」

食べ終わった山田が空になったお皿とコップを流し台に持っていく。

私も最後の一口を飲み込んで、急いで立ち上がった。

「私も手伝うっ!」

片付けは一緒にしようと思ったから。

「おぅ、さんきゅ。じゃあ晴は皿拭いて、俺が洗ってくから」

「うんっ」

隣に並んで、洗ってくれたお皿を受け取ってふきんで拭いて棚に戻していく。

お皿に、コップにスプーン…洗うものが少ないからすぐにこの時間が終わってしまう、だから早く言わなきゃ。言おうって気持ちが変わらないうちに…そう思って小さく息を吸った。

「…あのね、山田」

「ん?」

「私…、過去に帰る」

「え…」

山田が私の方を見ていたのは気付いていたけど、どうしても私は山田の顔が見られなくてお皿だけを見つめていた。

「…私ね、本当に伊織先輩と小西先輩が別れたらいいのにって思ってた」

そしたら、本気で付き合えると思ってたの。

付き合いたいって思ってたの。

「最悪なんだけど、本当に…」

あの時強く思ってた願いは浅はかで、幼稚で、誰の事も考えてなかった。

「…こんなやつ、誰も好きになるわけないよ」


浮かれてたの。


単純に、伊織先輩と新しい恋が出来るんじゃないかって。


そんなこと出来るわけないよね。


5年前にフラれてるんだもんね。


同じこと繰り返しちゃった。


3回目のごめんねは今までで一番重かった。


「伊織先輩…、まだ小西先輩のことが好きなんだって」

山田は何も言わず静かに聞いてくれていた。こんな私のバカみたいな話を、否定もしないでたまに頷いて。

「勝てないって思ってたはずだったの、だから未来に期待しようって…そんなこと思ってる時点で私に出来る事なんかないのに」

だから泣く資格だってない。

泣いたらダメだ。

溜まっていく瞳の水分を飲み込むように息を吐いた。

「それに伊織先輩が小西先輩のことを好きじゃなくなったとしても、私のこと好きになるわけでもないしね!」

「………。」

「ねー…、どこまでもノーテキンだよね私!」

震える声で精一杯笑って、笑うしかなくて。 

なんて惨めなんだろう。

「…そうだな」

きっと山田もそう思ってる。
 
もう一度静かに深呼吸してやっと見れた山田の方を見ると、なぜか悲しい顔をしていた。

その意味がこの時の私にはわからなかった。

「だから、帰る。自分のいるべき世界に」

「あぁ…」

何も出来なかったけど、これでいいんだ。
何かをしに来たんじゃないから、身をもって体験した勉強みたいな。

バカに付ける薬はないって言うけど、そうゆうことなんだなきっと。

「わかった、じゃあ気ぃ付けて帰れよ」

「うん、ありがとう」
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