タイムスリップ・キス
「でも帰り方わかるのか?ずっとわかんないって言ってたじゃん」

「あー…、うん。なんとなく…」

「なんとなく?」

また目を逸らしてしまった。
というか、ここからが何よりしにくい話で、これを話すことを決心したからこうやって隣に並んだ。

「1個、思い出したことがあるの。今日学校に行ってみて」

全部の洗い物が終わってしまった今、ついでにサラッとは言えない状況になってしまった。
ジャージャー水道から出る水の流れと一緒に軽く言いたかったのに。

…じぃっと山田が私を見ている状態がより緊張して口が固まる。

「なんだよ?何を思い出したんだよ?」

「…っ、えっと…っ」

「?」

言葉にするのもいたたまれなくて、もごもごして声が小さくなっちゃう。歯切れの悪い私に山田の眉間にはどんどんしわが寄っていった。

「…っ」

「は?なんて?全然聞こえないんだけど、もっとハッキリ言って?」

顔を上げるように山田を見る。
 
グッと背伸びをして、耳元に近付いた。 

意を決して、言うんだ…!

「キス!?俺と!?」

「そんな大きな声で言わないでよー!」

「いや、別にいいだろっ!今ここに俺と晴しかいないんだから!」

「そーだけど!」

だとしても嫌なの、なんか嫌なの! 

冷たい手のひらで両頬を抑えた、少しでも熱くなった頬をどうにかしたくて。

でも山田の反応は違ってた。

「…やっぱあれそーだったんだ」

「え?」

「いや、俺も一瞬のことでよくわかんなかったんだけど、触れたなー触れたかなーって思ってた!」

「あの日の事は覚えてないって言ってたじゃん!」

「あれは衝撃だったからな!」

じゃあ言ってよ!とも思ったけど、いきなりそれを言われても私の方がどうしたらいいかわからなかったから言うのはやめておいた。

「ふーん、あれが引き金…」

やっぱり5年って大きいんだなって思った。

沈着冷静な大人の山田を見たら。

私だけが動揺して、どこまでも子供だった。

「他は?他に思い出したことはないの?」

「え、他には…」

改めてあの日あったことを話した。

どうしてこうなったか、あの時何が起きたのか、どれもハッキリとは言えなかったけど、キッカケになるものはたぶんあれしかないんじゃないかって思ったことを。

どんなイリュージョンか、それこそ夢みたいだけど、間違いなくあの瞬間だった。


「「………。」」


やばい、何この空間。
全部話し終わったら終わったで、もっとどうしたらいいのかわからない空気になった。

めちゃくちゃ汗掻いてる!真冬なのに!

「…じゃあ、キスしたら戻れるってこと?」

「たぶん…?」

確証はないけど、他に思い当たるものもない。

試してみるには価値がある、とは思う。

「…やってみる?」
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