タイムスリップ・キス
お財布とスマホを借りたコートのポケットに入れて外に出た。

近所のスーパーまで、何を作ろうか考えながら歩いた。
スーパーに着いたらとりあえずカゴを持つ、だってなんかそれっぽいから。

「何にしようかなー」

考えながら来たけど、何がいいかはわからなかった。料理スキルのない私にいい感じの献立が思いつくはずもないんだ。

「からあげ、肉じゃが、ハンバーグ…」

てゆーか山田って何が好きなのかな? 
オムライスでしょ、コーヒーでしょ、筋肉番長でしょ…

「……。」

思ったより何も出て来なかった。

山田のこと知らないとは思ってたけど、思ってた以上に何も知らなかった。

山田は私のことよく知ってるみたいなのに。

何作ったら喜んでくれるんだろう? 

「あら、こんにちは!」

話しかけられて振り返る、この明るい声の人は…

「店長さん!」

Florist of dwarfs(フローリストオブドゥウォーフズ)の店長さんだった、あの花屋の。

「お買い物?」

「はい、夕飯の買い出しに」

カートのカゴの中にはたくさんの食材が入っていて、今日の献立はもうちゃんと決まってるんだろうなと思った。

「へぇ、偉いわね。お手伝い?」

「いえ、そーゆうわけじゃないですけど」

気さくで話しやすい店長さんとはもう少し話してみたいと思っていた。だけどもう会えないんじゃないかって、後ろめたさもあって。

「…昨日、伊織くんと何かあった?」

「…っ」

伊織先輩に好きだと言ってしまった。

しかもFlorist of dwarfs(フローリストオブドゥウォーフズ)の前で。

バイト中の、バイト先の前、衝動のままに告白を。

「…すみませんっ、迷惑でしたよね」

どうしてそうゆうとこ考えられないのかな、いっつもいっつも自分の気持ちばっかり先走っちゃって…

「いいのよ、全然!私は気にしてないから」

明るく話す店長さんは朗らかで気持ちいい。
ぽんぽんっと私の背中を撫でた。

「伊織くんね、今は少しお休みしてるだけなのよ」

「え…」

“僕もお休み中なんだ”

「私も詳しいことは知らないんだけど、きっと前を向ける日が来るから」

「……はい」

そんな日、来るのかな?

伊織先輩のことを前を向けるように出来るのは小西先輩だけなんじゃないの?

待ってても何も変わらないよ。

小西先輩は今何してるのかな?

いつ2人は別れたんだろう?

そんなこと私には関係ないけど。

「伊織くんのこと、これからもよろしくね」

「…はい」

もう伊織先輩には会えない。
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