タイムスリップ・キス
失恋休暇ってやつは、芸能人以外には使えないのかなー…

なんて思いながら、出そうになるタメ息を押さえて学校へ向かう。

うちの学校は山の上にあるから、最後のラストスパートの坂道がとにかくキツイ。

ぐるぐるに巻いたマフラーに顔を埋めながら重い足を一歩一歩無理に前に出した。

「晴ちゃん!」

この声は、今までだったらこのしんどい坂道を天国への階段に変えてくれてた魔法の声。

今はあんまり聞きたくない声だけど。

「おはよう」

「おはようございます、伊織先輩」

自転車通学の伊織先輩がすーっと私の隣まで来て軽やかに下りた。

キュンとしないで私。

「今日は寒いね」

「そうですね、雪降りそうなぐらい寒いですよね」

季節は1月、冬真っただ中。

冬休みが終わった後、付き合ってくださいって言ったのが間違いだったのかな。

心も体も寒くなってどんどん顔がこわばっていく。

でもその勇気をつけるためにはあの休みが必要だったんだもん。

「雪が降る条件は上空1500メートル付近の気温がマイナス6度以下、地上の気温が5度以下の時だから…今日は大丈夫だよ」

「あ、伊織先輩の夢は気象予報士ですもんね!」

白い息が舞う。

私の心は雪どころか未だ土砂降りで、無理に笑って見せることしか今はできないけど。

「晴ちゃんは寒いの好き?」

「全ッ然です!超苦手です!」

「うん、そんな感じ。マフラーあったかそう!」

「…伊織先輩は、好きですか?」

「僕は好きだよ」

自然と視線が交わった。

今のところ、どうにか私が好きってことになったりしないかな。

変わらない笑顔を向けてくれることが余計寂しくさせる。

あ、やばい。

なんか目が熱い。

何か話さないと…!

「でも雪は好きですよ!見ただけでテンション上がります!」

「いいよね、見てるだけで楽しいよね」

隣で伊織先輩が笑ってる。

いつもと変わらない伊織先輩の声、でも明らかに違う私の…

「雪が積もった上を自転車で走って飛ぶように転んだ時は1人で笑いました」

「え!?そこ笑うとこ、笑っていいの!?」

「笑ってください、思いっきり。大の字の跡が付きましたから」

「晴ちゃん大胆だね」

軽くグーにした右手を口元に当てた伊織先輩がふふって小さな声で笑った。


その笑顔をずっと見ていたかった、隣で。


なんて、もう叶わぬ夢なんだけど。

「晴ちゃん…」

「はい?」

「話してくれてありがとう」

透き通った瞳で微笑んだ。

「……。」

あぁ、なんてすてきな人なんだろう伊織先輩は。

きっと気まずくて話しずらい私にわざわざ声を掛けてくれたんだよね。

自転車から下りて、校門まで行くまでの間…


私を見付けたから。


優しい人だな。

すごい人だな。

カッコいい人だな。


やっぱり好きだよ。


どう考えても好きだよ。


でも彼女いるんだよ。


大人っぽくて落ち着いて可愛いくて、伊織先輩に負けないぐらいすてきな人が。



だから諦めなくちゃ。


さよならしなくちゃ。


次の恋を見付けよう。



もっと良い恋を。



椎葉晴、二度目の失恋宣言をここにー…
< 7 / 111 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop