タイムスリップ・キス
山田が仕事の日、私と顔を合わせずらいのかいつもより早く出て行った。

今度は山田が普通じゃない。

のそのそと布団から出て、1人でパンを焼いて食べた。
ホットミルクを用意して、ローテーブルの前に座る。さくっと一口かじって作業みたいに顎を上下に動かした。

音が出るものが何もないこの部屋は静けさでいっぱいだ、ただ一点を見つめパンを口に運ぶことを繰り返す。

昨日楽しかったなぁ、プラネタリウム。

いっぱいハシャいで、ワクワクに満たされて、山田と…見れて、あんなに楽しかったのに。


今日はすごく憂鬱だ。


未来(こっち)に来てから1人で朝ごはんを食べるのなんて初めてかも。


いつも山田がいてくれたら。


“大丈夫だからっ!!!”

あんな取り乱すような山田初めてだった。

5年前でも見たことがなかった。

あんな追い詰められた表情…


正直、怖かった。


ぱくっと口に入れたパンがいやに固い。

おかしいな、毎日食べてるのに。
いつもはそんなこと思ったことないのに。

今更、ほんと今更伊織先輩の家に行きたいわけじゃない。

もしかしてそんな風にも思われてるのかな…
そりゃ行きにくいって言われたらそれもあるんだけど、だけどそれよりも気になったからで。


山田と伊織先輩…、何かあったのかな?


確かにちゃんと聞いたことなかった、2人のことは。

でも聞いても教えてくれないなんて…。


本当は何か知ってるんだね、山田は。

それはきっと意味があるんでしょ?


「………。」

早く仕事から帰って来ないかな。
全然パンの味がしないや。

ゴクゴクとぬるくなったホットミルクで流し込んだ。

ブーンブーン、とスマホが鳴った。

突然の着信にビックリして、飲んでいたホットミルクをむせそうになった。

どっち!?
この番号知ってるのは山田と伊織先輩しかいない…!

今どっちも電話に出づらい…っ

恐る恐るスマホを開く。

「…ん、誰?」

画面に表示されていたのは知らない番号だった。不審に思いながらも、そろーっと電話を取った。

「も、もしもし…?」

「あ、やっと出た!」

声を聞いてすぐわかった。私と全く同じ声だったから。

「暇してるんでしょ?ちょっと出て来てよ」
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