タイムスリップ・キス
少し離れた、小高い丘まで歩いた。

そこは見晴らしがよく、緑に溢れていた。

「なっちゃん、僕お水持っていくからお花持ってもらえるかな?」

「はい!持ちます!」

お墓に着くとすぐに伊織先輩が貸出されているバケツと柄杓を手に持ち、隅っこにある備え付けられた水道を使って水を入れた。

何の迷いもなく進んでいく伊織先輩はここへよく来ているのがわかった。

もう何度ここへ来たのかな…

いつも1人で来てたのかな、寂しくなかったのかな。

伊織先輩の足元だけを見ながら後ろをついて歩いた。

花を持つ手にきゅっと力が入る、変に手汗まで気になって。

ドクンドクンと胸を打つ。

まだ実感がなくて、飲み込めていない私は緊張もしていたけどそれ以上にどんな顔をしていいのかわからなかった。

「こっちだよ」

「………。」

ゆっくり視線を上げた。

飛び込んできたそのものにこんなにも心が震わすことがあるなんて。


“先祖代々小西家之墓”


「優月、会いに来たよ」

小西先輩の眠る場所、静かに冷たく。

「…っ」

体の中が熱くなる。

どこからともなく熱気を帯び、ぐわーっと胸ぐらを掴まれたように揺さぶられた。

ぐわんぐわんと回るうごめく感情に、急に息が苦しくなった。


あ、どうしよう。


今初めて、小西先輩がもういないことを痛感した。




この世界には小西先輩はいない。




「今日はなっちゃんも来てくれたんだ、優月は初めて…会うけど」

「…初め、まして」

じゃない…けど。

小西先輩は今の私を見て気付いたかな、気付いたかもしれないな。だって小西先輩はあの頃の私しか知らないよね。

「なっちゃん、お花くれる?お供えするから」

「はい…っ」

伊織先輩が丁寧にお花をお供えしていく。その隣で水を替えたり、掃除したり、たまに襲われるドクドクとした感情を抑えながら伊織先輩を手伝った。
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