タイムスリップ・キス
ふっと声が漏れた、伊織先輩が笑ったから。

「僕ね、晴ちゃんと話すの好きだったんだ。いっつも笑ってて、明るくて、楽しくて…この気持ちが恋ではなかったけど好きだったんだよ」

「………。」

伊織先輩の視線が私から離れていく。

「…だから、なっちゃんと話しているとあの頃に戻ったみたいで…嬉しかったんだ」

“こうしてなっちゃんと話してるのも懐かしい気持ちになるよね”

それは前に聞いた、伊織先輩が懐かしいという感情についての話。

懐かしさから来る寂しい気持ちもひっくるめて好きだと語った伊織先輩。

そっか、あれは私じゃなくて小西先輩に言っていたんだね。

“寂しいって、何かに対して思う感情でしょ?そこに確かに存在してたからこそ溢れる思いだと思うんだ”

小西先輩が存在していたことを忘れたくなかった伊織先輩の想いだ。

「顔も仕草も言葉も、晴ちゃんそのままのなっちゃんがいて…あの頃の世界が目の前にあった」

伊織先輩の中に私はいた。

それも確かに存在していた。

「僕は勝手に晴ちゃんが会いに来てくれたと思ったんだ」

だけど、きっと伊織先輩は私を見ていない。

「そんなこと…ありえないって、わかるんだけど…、もし、もし…そんなことが出来るなら…」

会いたかったのは私じゃない。

「優月も僕に会いに来てくれるんじゃないかって」

涙に滲んだ声色に、震える声。

伊織先輩が俯いた。

痛いほどに伝わって来た気持ち。


声を殺して泣く伊織先輩の震える背中を抱きしめてあげたかった。

でも出来なかった、目の前で小西先輩が見てる気がして。


誰より伊織先輩のことを想ってる自信があったよ、だけど伊織先輩の小西先輩を想う気持ちに何もできない。


ただ隣で一緒に泣くことしか出来なかった。


「…ごめんなさ、いっ、私…っ」


私が伊織先輩に会いに来たから、伊織先輩に期待を持たせてしまった。

私のただの身勝手で、余計悲しい思いをさせてしまった。


「なっちゃん…?」

だけど…

「私…っ、夏…ですっ」


晴だなんて言えなかった。

どこまでも身勝手で、ひどい奴だ。
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