空を泳ぐ蛇
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「美空、起きなさーい。学校遅れるよー」
キッチンから響く姉の声に、若干の気だるさを感じつつ、ベッドから身体を起こした。
少し前に、勢いよく止めたせいで落ちてしまった目覚まし時計を拾い、制服に着替え始める。
まだ頭がうまく働いておらず、ボタンを止めることにでさえ時間がかかる。
ボサボサの髪を手ぐしで整え、私はキッチンに向かった。
「おはよう。お弁当、ここに置いとくね。」
そこでは姉が忙しなく動き回っていた。そんな中かけられた言葉をよそに、私はまっすぐ父の仏壇に手を合わせに行く。
目を閉じて「行ってきます」と心の中で言う。
父は約7週間前に、交通事故にあって亡くなった。不注意で赤信号を渡ろうとした姉を助けて死んでしまったのだ。
焦った表情の先生が教室に駆け込み、私の名前を呼んだとき、なんとなく嫌な予感はしていた。
向かった先の病院で見た、姉の青白い顔で全てを察した。
「お父さんは?」
わかっていても信じたくなくて問う。姉は涙を流し、「ごめんなさい」とだけ返した。
椅子に座って、すでに用意されている朝ごはんを食べる。父が死んでから、姉は元から上手だった料理の腕を更に上げた。
そんなところもムカつく。私は半熟卵の黄身を潰した。
「行ってらっしゃい」
毎日わざわざ玄関まで来て見送る姉。いい加減鬱陶しい。私は顔を合わせることもせずに扉を閉めた。
今日はいつもより遅かったかもしれない。晴花はもう来ているだろう。私はリュックを背負い直し、駅へ向かう足を早めた。
「おはよー!遅れてごめん!」
「おはよう。走ってきたの?」
「うん。めっちゃ疲れた」
「おつかれ〜」
ホームで待っていた晴花に声をかけ、丁度来た電車に乗り込む。
いつもより1本遅い電車だからか、思ったより空いていて並んで座席の前に立つ。
電車が動き出し、晴花が本を取り出す。私は忘れてしまったので窓の外を流れる景色を見る。
この辺りはあまり高い建物がないので、空がよく見えて開放的だ。私の密かな楽しみでもある。
だが、今日は違った。曇っているとか虹が出ているわけではない。私の眼前にはありえない光景が広がっていた。
「え、へ、蛇?」
しばらく”それ”を見ていて出てきた言葉はこれだけだった。晴花が怪訝な顔をしてこっちを見る。
私は指を指して確かめるように言う。
「え、晴花、あれ。蛇だよね、完全に」
「いや、なんもないけど。というかまず蛇は空を飛ばないよ?」
「そんなことはわかってるよ!なんで、だってあんな大きいのに」
「大きな声出しすぎ!もう。昨日のテスト勉強で疲れてるんじゃない?」
「いや、一ミリもしてない!」
晴花の言葉を遮るようにして、私は声を張り上げる。周りの乗客の視線が一気に集まった。
晴花は顔を赤くして、また「静かに!」と注意し、心配そうな顔をする。
私は信じられなかった。目の前で起こっていることも。”あれ”が私以外の誰にも見えていないことも。
空には大きな体をくねらせて悠然と泳ぐ、蛇の姿があった。
キッチンから響く姉の声に、若干の気だるさを感じつつ、ベッドから身体を起こした。
少し前に、勢いよく止めたせいで落ちてしまった目覚まし時計を拾い、制服に着替え始める。
まだ頭がうまく働いておらず、ボタンを止めることにでさえ時間がかかる。
ボサボサの髪を手ぐしで整え、私はキッチンに向かった。
「おはよう。お弁当、ここに置いとくね。」
そこでは姉が忙しなく動き回っていた。そんな中かけられた言葉をよそに、私はまっすぐ父の仏壇に手を合わせに行く。
目を閉じて「行ってきます」と心の中で言う。
父は約7週間前に、交通事故にあって亡くなった。不注意で赤信号を渡ろうとした姉を助けて死んでしまったのだ。
焦った表情の先生が教室に駆け込み、私の名前を呼んだとき、なんとなく嫌な予感はしていた。
向かった先の病院で見た、姉の青白い顔で全てを察した。
「お父さんは?」
わかっていても信じたくなくて問う。姉は涙を流し、「ごめんなさい」とだけ返した。
椅子に座って、すでに用意されている朝ごはんを食べる。父が死んでから、姉は元から上手だった料理の腕を更に上げた。
そんなところもムカつく。私は半熟卵の黄身を潰した。
「行ってらっしゃい」
毎日わざわざ玄関まで来て見送る姉。いい加減鬱陶しい。私は顔を合わせることもせずに扉を閉めた。
今日はいつもより遅かったかもしれない。晴花はもう来ているだろう。私はリュックを背負い直し、駅へ向かう足を早めた。
「おはよー!遅れてごめん!」
「おはよう。走ってきたの?」
「うん。めっちゃ疲れた」
「おつかれ〜」
ホームで待っていた晴花に声をかけ、丁度来た電車に乗り込む。
いつもより1本遅い電車だからか、思ったより空いていて並んで座席の前に立つ。
電車が動き出し、晴花が本を取り出す。私は忘れてしまったので窓の外を流れる景色を見る。
この辺りはあまり高い建物がないので、空がよく見えて開放的だ。私の密かな楽しみでもある。
だが、今日は違った。曇っているとか虹が出ているわけではない。私の眼前にはありえない光景が広がっていた。
「え、へ、蛇?」
しばらく”それ”を見ていて出てきた言葉はこれだけだった。晴花が怪訝な顔をしてこっちを見る。
私は指を指して確かめるように言う。
「え、晴花、あれ。蛇だよね、完全に」
「いや、なんもないけど。というかまず蛇は空を飛ばないよ?」
「そんなことはわかってるよ!なんで、だってあんな大きいのに」
「大きな声出しすぎ!もう。昨日のテスト勉強で疲れてるんじゃない?」
「いや、一ミリもしてない!」
晴花の言葉を遮るようにして、私は声を張り上げる。周りの乗客の視線が一気に集まった。
晴花は顔を赤くして、また「静かに!」と注意し、心配そうな顔をする。
私は信じられなかった。目の前で起こっていることも。”あれ”が私以外の誰にも見えていないことも。
空には大きな体をくねらせて悠然と泳ぐ、蛇の姿があった。
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