俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
 上司は頭を下げた。それを見て申し訳ない気持ちでいっぱいになる。きっと彼だってこんな話を部下にしたくはなかっただろう。

「いえ、こちらこそ面倒をおかけしました」

 ここで文句を言ってもどうにもならないことくらいは、私にも理解できる。

「でもわが社も本格的にウエディング事業に力を入れるつもりだ。だから君がたくさん勉強してきてほしい」

 今までレストランウエディングなどは手掛けてきたが、もう一歩踏み込んだ事業の展開を上は考えているようだ。

「――わかりました。しっかり勉強してきます」

 とりあえず今は、そう返事するしかなかった。サラリーマンなのだ。よほどの事情がない限り人事を拒否できない。

「あの、がんばってね」

「はい」

 立ち上がった私に上司が向ける目に、憐憫の情が混じっている。関係のない人にまで迷惑をかけるわけにはいかない。私は席を立ちデスクに戻った。

 そしてその日のうちに先方に連絡を入れた。今日の夕方なら責任者に会えると言われ、祖に時間に合わせて先方を訪ねる予定にした。

「ヘイムダルホテル……ね」

 くしくもあの結婚式が行われたホテルのブライダル事業部が、私の出向先だ。

 前に進もうとしているのに、一筋縄ではいかないなぁ。私自身がきっぱりすっぱり捨てたつもりでも、まだまだ引きずられているような感じがする。

 しかし気持ちまで過去の落ち込んでいた時に戻るわけにはいかない。なんとか自分を奮い立たせる。

 今日は出向先への挨拶を済ませたら直帰するつもりで、荷物を取りにロッカーに向かう。

 ここも整理しなきゃいけないな。

 バッグを取りロッカールームを出てすぐの廊下に、会いたくない人物が立っていた。

 吉野さんだ。私を待っていたようで、こちらに近付いてきてにっこり微笑んだ。

「聞きましたぁ~出向なんですって、先輩がいなくなるなんて残念ですぅ」

「あら、吉野さんにそんなこと言ってもらえるなんて思ってみなかったわ」

 私が足を止めずに歩いていると、隣に並んで歩く。

「やだぁ。私もう吉野じゃなくて大淀なんですけど! あぁ、先輩は呼びづらいですよね」

 いちいちつっかからないで欲しい。

「〝大淀さん〟何かよう?」

「いえ、先輩がかわいそうだなって思って」

「かわいそう?」

 私は思わず足を止めた。

「そう、彼氏もいないのに、ブライダル事業だなんて」
< 14 / 112 >

この作品をシェア

pagetop