俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
 かわいそうと言いながら、含み笑いなのはどうしてなのよ。

 言いたいけれどここで、言い合いをしても何にもならない。私はもう先にすすみたいのだから。

「別に。仕事なので」

 そう言ってまだ何か言いたそうな吉野さんを振り切って、エレベーターに乗り込んだ。


 一階のボタンを押してはぁとため息をつく。

 出向だと言われたときはショックだったが、環境が変わるのでよかったのかもしれない。

 いつまでも引きずられたくないが、今のままリッチロンドへ居続けていれば今日のように、過去の嫌な出来事を思い出すこともあるだろう。

 これが社内恋愛の代償なのかもしれない。

 それにしても……この代償ちょっと大きすぎない?

 エレベーターを降りた私は、抱えいていた不満を捨て、気持を切り替えて歩き出した。

 ちゃんと自分の足で歩かなきゃ。何があっても――。



 電車に揺られて二十分。まさかすぐにここに来るとは思っていなかった。

 ブライダル事業部の事務所があるのは、西館の五階。エレベーターを降りるとウエディングサロンと書いてある案内が見える。

 平日の夕方にも関わらず、サロンでは二組のカップルが、プランナーらしき人と打ち合わせをしていた。

 邪魔にならないように受付で名乗りでる。柔らかな雰囲気の女性が私の名刺を受け取るとすぐに責任者のもとに案内される。

 入口の木製のプレートには【ブライダル事業部統括部長室】とあった。それを眺めているうちに案内してくてた女性が、ドアをノックする。

「御杖部長、お客様がお見えです」

 ミツエ? まさかね。

 ひとりの男性の顔が思い浮かんで、慌ててそれを否定する。前に進みたいなんていいながら彼のことを思い出すなんてバカなんだから。

 ドアが開き、女性の背中越しにプレジデントデスクに座る男性が見えた。

 パソコンの画面に目を向けていた彼がこちらに視線を移した瞬間、私は驚きのあまり「ひゅう」と息を吸い込みそのまま固まってしまった。

 なんてことなの。なんであの人がここにいるの?

 すぐに我に返った私は、急いで下を向いて彼から顔を隠す。

 案内を終えた女性が「では」と出ていこうとするので、心細くて彼女が扉を閉めるまでずっと目で追ってしまう。

「飛鳥未央奈さん」

「ひっ」

 名前を呼ばれ飛び上がるほど驚いた。ゆっくりと振り向くとデスクに肘をつき、手の上に顎を乗せてこちらを見ている。
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