俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
 直視できずに、またすぐに下を向いてしまった。

 間違いない、彼だ!

 手のひら、背中、額。体のいたるところにじんわりと汗をかく。どうしてこんなところで、こんな形で再会してしまったのだろうか。

 前に進もうと努力しているのに、ことごとく失敗して自分の運のなさを恨む。

「いつまで下を向いているつもりだ? 話を聞くときは相手の目を見ると、幼稚園でならわなかったのか?」

「いえ、申し訳ありません」

 謝罪の言葉を口にして、覚悟を決めて顔を上げた。しっかりと目を合わせた相手はやはりあの日に一緒に過ごした〝御杖大輝〟と名乗ったその男だった。

「飛鳥未央奈さん。リッチモンドからの出向ね。そちらの人事部から事前にこれまでの仕事内容や勤務態度についての申し送りの資料はここに」

「そ、そうですか」

 淡々と話をしている相手を見て、本当にあの時に人なのかと疑ってしまう。

 一度ベッドを共にした相手がいきなりやってきたら、こんな冷静でいられるものなのだろうか。

 黙っていればいいものの、不思議に思って聞いてみる。

「あのもしかして、御杖さんは双子のご兄弟とかいらっしゃいます?」

「いえ、妹がひとりいるだけだが。何か?」

「そう……ですか」

 じゃあ、絶対本人じゃん。資料に目を通している姿は、私のことを覚えているようには思えなかった。

 もしかして先週末のことなのに、もう忘れちゃった?

 忘れてくれた方が都合がいいけれど、それはそれでショックだと相反する感情が渦巻く。

 しかし取り乱しているのが自分だけだと思うと、もしかしたら週末の事は私が見た幻なのかもしれない。

 パニックになった私は、まともにものが考えられなくなってしまった。今が仕事中だということすら頭から抜け落ちる。

「入社後、レストラン、カフェなどで接客を担当。複数店舗の店長やエリアマネージャーを経て、本社企画部に二ヵ月前に異動。そして今度はわが社へ出向……と」

 書いてあることを次々と読みあげる。

「間違いない?」

「はい」

 七年間いろいろあったにも関わらず、ずいぶんあっけないものだなと思いながらうなずく。

「土曜に俺に抱かれたのも、間違いない?」

「はい、えっ!?」

 デスクの上に落としていた視線を、彼に向けるとニヤッと人の悪い笑みを浮かべる男と目が合った。

「え、いや、何……言って」

 まさか覚えていたってこと?
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