俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
「与えらえた仕事を投げ出すような人間ではないので」

 少々自分を大きく見せたが、そうでもしないとここで働けない。今は何かにおもいきり打ち込みたい。

 ここで拒否されれば、おそらくリッチロンドでも居場所がないだろう。そう考えたら何が何でもここにしがみつかなくてはいけない。

 私はぐっと固唾をのんで、彼の返事を待つ。

「おもしろい。そこまで言うならやってみろ。ただしこちらからすぐにこの出向契約は打ち切ることができる。成果もなしに出戻ることにならないように、せいぜいがんばるんだな」

 なんとか私のはったりが通用したみたいでほっとする。相手はわずかに口角をあげてためすような言葉をなげかけてきた。

「わかりました。来週よりお世話になります」

「あぁ。明日にでも部下に資料をメールさせておく。しっかり読んでおくように」

「はい。では御杖部長、失礼します」

 頭を下げた私は、これ以上長居をして彼の気が変わるといけないと思い急いで部屋を出た。

 受付にいた女性に来客用の入館証を返却した際「来週よりお世話になります」と軽く挨拶だけして帰宅の途に就いた。




 疲れた、疲れた。とにかく疲れた。

 築八年のマンションの五階。玄関の扉を開けると私はパンプスを脱ぎ捨てリビングに到着するとバッグを床に投げ出し、そのままソファにダイブした。

「はぁ、もう。なんでこんな災難続きなの?」

 ソファの上であおむけになり、自分の手をかざしてみた。半年前はこの手の中にあると思っていたものが、何も残っていないような気がする。

 恋人、結婚、幸せな未来、企画部での仕事。どれも私にとって大切なもので、がんばれば手に入るものだと思っていたし、手にしたものもあったはずなのに……。

「今は何にもないや」

 ひとつうまくいかなくなったら、全部指の間からサラサラ流れ出てしまった。時間をかけて手にしたはずのそれらが無くなるのはあっという間だった。

 だから今回の出向の話だけは、何としても守りたかった。仕事くらいはこの手の中に残っていてほしかった。

 この歳でなにもなくなるのはつらすぎる。

「はぁ」

 いつまでもこうしてはいられない。明日からはリッチモンドでの引継ぎが待っている。体を起こすとテーブルの上のマグカップが目に入る。

「これも捨てなきゃな」
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