俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
 マイクを持つ司会者がぎょっとした顔をする。しかしさすがプロだ。すぐにフォローを入れた。

「あ、え~と、そうだったんですね。でもこの幸せのブーケが次はきっと素敵な恋を運んできてくれますよ」

 引きつった顔の司会者には申し訳ないと思うが、もう一発爆弾を落とす。

「そうだといいですが、あ、新婦の有紀(ゆき)さん。あなたの隣にいる男、靴下は丸まったままで洗濯機に放り込むし、魚は骨とってあげないと食べられないし、実はお母さんのことまだ〝ママ〟って呼んでるけど――」

「おい、未央奈っ」

 それまで笑っていた新郎が焦って止めに入ろうとする。

 あ~あ、私の名前呼んじゃったけど大丈夫かな?

 慌てている様子が伝わってくるが、しかし距離があるゆえ制止もできない。

 その間に意気揚々と会場を見渡し、声を上げた。

「付き合っている彼女がいても、他の女を愛せるくらい愛情豊かな人なので、せいぜいふたりで幸せになってね」

 この日一番の笑みを浮かべた私は、慌てている司会者に「場を乱してごめんなさい」と謝ってマイクを渡すと、弾む足取りで会場を後にした。

 自分の背後から「待ちなさいよー!」という新婦の悲痛な叫び声を聞いても、当然無視して歩き続ける。

 心臓はバクバク音を立てているけれど、後悔はない。

 エレベーターを降り、エントランスに出るとすぐにごみ箱が目についた。

 近づいて手にしていたブーケを捨てようとした……けれどしばし躊躇した後、捨てずに歩き出した。

「それ、捨てないのか?」

「え?」

 いきなり背後から話しかけられて、振り向く。そこに立っていたのは思わず目を奪われるほどの極上の男性だった。

 身長は私の頭ひとつぶんくい大きく優に百八十は超えている。長身を包むスーツも彼の体にフィットしており、見るからに仕立てたものだとわかる。色味はチャコールグレーで形もシンプルだったが、華やかな人が行き交うことが多いホテルのロビーでさえ彼のその着こなしはワンランクもツーランクも上に見える。

 そして何よりも上左右対称で整った顔立ちは、ともすれば冷たい印象を与える。にもかかわらずこちらに向けている視線は私に対する興味が満ちていた。

「だから、そのブーケ捨てないのか?」

 思わず相手に見とれてしまっていた私に、相手は再度尋ねる。

「あぁ、これ。だって考えてみたらこの花には何の罪もないもの」
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