俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
 顔を上げるとそこには御杖部長が立っていた。私は急いで姿勢を正して「お疲れ様です」と頭を下げた。

「何見てるんだ……あぁ、これはなかなかひどいな」

「すみません、私のせいで」

 ☆の評価こそは下がっていないが、ここ最近のレビューにスタッフの対応のまずさの記載がある。

「なんだ、落ち込んでいるのか。めずらしいな」

 私だっていつも猪突猛進でいられるわけじゃない。とはいえ、それを上司に言うわけにはいかない。

 出向前に出会った御杖さんではない。今、彼は上司だ。

「がんばります、あの……もっと」

 具体的な内容が出てこない。ひとつひとつは小さなダメージでも蓄積された今、なかなか気持ちを立て直せない。

「ちょっと、ついてこい」

「……はい」

 御杖部長が私をつれてきたのは、挙式の真っただ中のチャペルだった。二階の通路から静かに中の様子を見る。

 自慢のステンドグラスの前で、新郎と新婦がひげを蓄えた神父と向かい合っているのが見える。

 神父の読み上げる聖書の言葉が、凛とした教会内に響き渡る。何度見てもこの瞬間は神聖な気持ちになるものだ。

 私の隣に立っていた御杖部長が、カップルに視線を向けたままゆっくりと口を開いた。

「カップルそれぞれに歴史があるように、挙式にも様々な形がある。望む形はそれぞれだ。それを細かく聞いて最高の一日にするのが我々の仕事だ。うまくやらなくてもいい。お客様に寄り添う仕事をしてほしい」

「……はい」

 式を終えて、新郎新婦は腕を組みながらバージンロードを歩いている。親類や友人からの拍手の海の中とても幸せそうだ。

「あの笑顔つくるのが、君の仕事だ。それだけは忘れてはいけない」

 しっかりと諭すように言った御杖部長が、その場を離れるため歩き始めた。

 私は彼がいなくなった後誰もいなくなったチャペルをじっと見つめていた。

 たしかにミスは許されることではない。しかしそれを怖れてばかりでは、成長できない。行き詰っていた私に、大切なことを教えてくれた。

 息を大きく吸い込んで深呼吸をした。ここにある幸せな空気を吸い込んで、しぼみかけていたやる気や自信を膨らませる。

「がんばろっと」

 チャペルにきたときよりも、気持ちも体も軽くなった私はチャペルを軽やかに後にした。
< 25 / 112 >

この作品をシェア

pagetop