【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 1
周囲の反応
(ホントに来た……)
佑と出会ったのは十一月二十日の水曜日だったのだが、翌日にも彼は『Bow tie club』にやって来た。
彼いわく、この週末に『札幌ファッションコレクション』が行われるので、そのために札幌に宿泊して諸々の調整をしているようだ。
(という事は、少なくとも週末には帰る……と)
「やぁ、赤松さん」
席に座った佑は、挨拶に来た香澄を見てヒラヒラと手を振る。
席には通常バニーガールが二人つくが、佑の席には一人しか座っていなかった。
「マネージャー! 御劔さまったら、ずっとマネージャーの話ばっかりなんですよ? これってラブですよね?」
訳知り顔のバニーガールに笑顔を向けられ、香澄は苦笑いするしかできない。
「早川さん、私の個人情報は漏らさないようにね?」
「はい、それは勿論です」
「御劔さま、あまりスタッフを困らせないようにお願い致します」
相変わらず床に膝を着いてしゃがんだままの香澄が言うと、彼は魅惑的に笑って言い返す。
「赤松さんが〝例の話〟を受け入れてくれれば、こうやって足繁く通う事もないけど」
「マネージャー! 御劔社長にヘッドハンティングだなんて、最高じゃないですか。マネージャーがいなくなるのは寂しいですけど、ここで御劔社長の手を取れば、人生勝ち組ですよ?」
どうやら佑は、早川に事情を少し話したようだ。
チロリと彼を窘める目で見ても、どこ吹く風で微笑んでいる。
「赤松さん。今日はラストまで君を待っていていいかな?」
「困ります。お店が終わるのは遅い時間ですし、そこから先は私のプライベートな時間になります」
他の客に言われたなら、もう少しやんわりとした言い方をしただろう。
けれど昨日の今日で、香澄も少し佑に対する容赦がなくなっている。
そんな二人のやり取りを、早川はワクワクして見守っていた。
「ところで赤松さん、今週休みってある?」
「…………」
じとぉ……とした目を佑に向けると、早川が香澄を売った。
「今週は土日ですよね」
「ありがとう」
「早川さん!」
絶望した香澄を見ても、早川は「休日を教えるぐらい、いいじゃないですか」とケラケラ笑うのみだ。
「赤松さん、それじゃあ土日を俺にくれないかな?」
「申し訳ありませんが、友人と予定がありますので」
おや、という顔をする佑に、早川がまた口を滑らせる。
「マネージャー、昨日誕生日だったんですよ。なので週末に親友さんとお祝いするんだって、以前から言っていました」
「……早川サン……」
「あはは、すみませーん。でもマネージャー、本当に御劔さまのお誘いを断るつもりですか? 私も札幌の民ですから、この街を悪く言うつもりはありませんが、一躍ステップアップする絶好のチャンスですよ? 平穏な毎日をなくすのは怖いかもしれませんが、〝今〟以上の幸せを手にする時って、相応の思いきりと勇気も必要だと思います」
ホールスタッフである早川に言われ、香澄は思わず黙る。
すべて、早川の言う通りだと香澄自身も分かっている。
それでも、差し伸べられた手が大きすぎて、「それじゃあ、はい」と握る事ができない。
「赤松さん、何も泊まりでどうこうしようなんて思っていない。君とゆっくり話したいだけだ」
佑に真摯に見つめられ、早川がいる手前、香澄も追い詰められた心境になってきた。
「マネージャー。私、マネージャーの事が大好きなんです。勿論、一緒に働きたいっていう気持ちはあります。でもそれより一人の女性として幸せになってほしいなって思ってます」
「早川さん……。ありがとう……」
「マネージャーって、同性である私から見ても、魅力的だしご飯も美味しいし、優良物件だと思うんですよ。それなのに、彼氏がいなくて勿体ないなーってお節介ながら思っていて。で、そこで御劔さまでしょう? 『怖い』って思う気持ちも分かるんですが、思い切って飛び込んでみたらどうですか? ヘッドハンティングされてもし上手くいかなかったら、次の職を見つけるまでの保証金とか、契約でもぎ取っておけばいいんです」
たくましい早川は、客である佑を前にしてここまで言えるスタッフなので、ある意味心強い。
結婚秒読みの彼氏がいる彼女は、香澄と大して年齢が変わらない。
だからこそ、友人にも似た気持ちで心配してくれているのだろう。
「赤松さんの事は、女性として気に入った上で弊社にヘッドハンティングしようとしているから、もし職場と馴染めなかったとしても、東京で路頭に迷う心配はないとだけ言っておく。勿論、赤松さんが俺を好きになってくれたら、一緒に住むっていう選択肢も広がるけど」
「もぉ……」
早川の前で包み隠さず言われ、香澄は思わず赤面する。
「いいじゃないですか、マネージャー。本社に言ってみたらどうです? 三十歳になる前に、自分の人生を見つめ直して、変わるなら今ですよ?」
「……うん…………」
佑一人に押されていたなら、香澄はずっと抵抗したままだったかもしれない。
だが早川は、プライベートでも時々一緒に遊びに行く仲で、お互い八谷グループの社員だ。
早川はホールスタッフではあるが、八谷の社員でチーフをしている。
年齢が近い事もあり、香澄も仕事以外の相談を彼女にする事は多々あった。
「……親友とは、土曜日に遊んで夕食を取ってから、彼女の家に泊まる約束をしています」
早川に押されてやや折れた香澄が申し出ると、佑は無理のない範囲で提案してくる。
「じゃあ、日曜日の午後は会える? 俺はギリギリ十九時か二十時くらいまでは大丈夫だから、それまでに会えたら嬉しい」
「……はい」
香澄が不承不承頷くと、なぜか早川が「やった!」と両手を上げ、そのまま佑とハイタッチした。
その日も他の店舗を回り、零時に事務所に寄ると、社長の八谷からメールが入っていた。
「……え?」
件名には『御劔社長について/八谷繁』とあり、胸がドキッと鳴る。
恐る恐るメールをクリックして本文を読み、呼吸が止まったかと思った。
その内容は、先日香澄へのセクハラを止める事ができなかった謝罪と、福島も佑に注意を受け、八谷に確認したあと「改めるよう努力する」と言っていたという事だった。
加えて、八谷の元にはすでに佑から連絡が入っていたそうだ。
佑から直接八谷に、『赤松さんを一人の女性として、優秀な働き手として、スカウトしたいと思っています』と申し出があったと書いてある。
「そんな……」
あまりにやる事が早く、香澄は内心舌を巻く。
加えて、会社の社長としては、せっかく育成した優秀な人材を手放すのは惜しいと書いてある。
しかし一人の人間としては、人生の転機となる瞬間を見逃してはいけないと忠告してくれていた。
最終的にどう判断するかは香澄の意志に任せると書き、佑の手を取るとしても、気兼ねなく本社に連絡をしてほしい、と締めくくられていた。
「はぁ……」
勿論、社員なので非常に言いづらい案件ではあった。
恐らく佑もそこを配慮して、「御劔佑の我が儘で」という体で香澄に害のないよう取り計らってくれたのだろう。
そして誇るべきは、八谷も他社の社長から自社社員の引き抜きを持ちかけられ、香澄に圧力を掛ける人ではないという点だ。
八谷にも早川にも言われ、香澄の心は昨日からかなりグラついている。
(麻衣に話を聞いてもらおうかな)
週末に会う親友なら、きっと良い意見をくれるかもしれない。
この年齢になって自分の事を決められないのは情けないが、転職して札幌から東京に行き、有名人の側で暮らすというのは、なかなか即決できる事ではない。
(両親にも話してみよう)
決断するのは、周りの人に相談して、じっくり考えたあとでも構わないだろう。
佑も今すぐ東京にとは言っていないし、時間はあるはずだ。
「東京に行くと決めたなら、住む場所も探さないといけないし。まず土地勘ないから、頑張らないと……」
そう言った時点で、気持ちはかなり前向きになっているのを、香澄は自覚していなかった。
「……いたんですか」
ビルの外に出ると、コートを着た佑が立っていて思わず呟いた。
「君も割と扱いが雑になってきたね」
嬉しそうに言われ、香澄は慌てて〝客〟への対応に直す。
「も、申し訳ございません。御劔さま」
「いや、そうじゃないんだ。君と親しくなれて嬉しいっていう意味だ」
「はぁ……」
途方に暮れていると、佑が「腹減ってないか?」と尋ねてきた。
佑と出会ったのは十一月二十日の水曜日だったのだが、翌日にも彼は『Bow tie club』にやって来た。
彼いわく、この週末に『札幌ファッションコレクション』が行われるので、そのために札幌に宿泊して諸々の調整をしているようだ。
(という事は、少なくとも週末には帰る……と)
「やぁ、赤松さん」
席に座った佑は、挨拶に来た香澄を見てヒラヒラと手を振る。
席には通常バニーガールが二人つくが、佑の席には一人しか座っていなかった。
「マネージャー! 御劔さまったら、ずっとマネージャーの話ばっかりなんですよ? これってラブですよね?」
訳知り顔のバニーガールに笑顔を向けられ、香澄は苦笑いするしかできない。
「早川さん、私の個人情報は漏らさないようにね?」
「はい、それは勿論です」
「御劔さま、あまりスタッフを困らせないようにお願い致します」
相変わらず床に膝を着いてしゃがんだままの香澄が言うと、彼は魅惑的に笑って言い返す。
「赤松さんが〝例の話〟を受け入れてくれれば、こうやって足繁く通う事もないけど」
「マネージャー! 御劔社長にヘッドハンティングだなんて、最高じゃないですか。マネージャーがいなくなるのは寂しいですけど、ここで御劔社長の手を取れば、人生勝ち組ですよ?」
どうやら佑は、早川に事情を少し話したようだ。
チロリと彼を窘める目で見ても、どこ吹く風で微笑んでいる。
「赤松さん。今日はラストまで君を待っていていいかな?」
「困ります。お店が終わるのは遅い時間ですし、そこから先は私のプライベートな時間になります」
他の客に言われたなら、もう少しやんわりとした言い方をしただろう。
けれど昨日の今日で、香澄も少し佑に対する容赦がなくなっている。
そんな二人のやり取りを、早川はワクワクして見守っていた。
「ところで赤松さん、今週休みってある?」
「…………」
じとぉ……とした目を佑に向けると、早川が香澄を売った。
「今週は土日ですよね」
「ありがとう」
「早川さん!」
絶望した香澄を見ても、早川は「休日を教えるぐらい、いいじゃないですか」とケラケラ笑うのみだ。
「赤松さん、それじゃあ土日を俺にくれないかな?」
「申し訳ありませんが、友人と予定がありますので」
おや、という顔をする佑に、早川がまた口を滑らせる。
「マネージャー、昨日誕生日だったんですよ。なので週末に親友さんとお祝いするんだって、以前から言っていました」
「……早川サン……」
「あはは、すみませーん。でもマネージャー、本当に御劔さまのお誘いを断るつもりですか? 私も札幌の民ですから、この街を悪く言うつもりはありませんが、一躍ステップアップする絶好のチャンスですよ? 平穏な毎日をなくすのは怖いかもしれませんが、〝今〟以上の幸せを手にする時って、相応の思いきりと勇気も必要だと思います」
ホールスタッフである早川に言われ、香澄は思わず黙る。
すべて、早川の言う通りだと香澄自身も分かっている。
それでも、差し伸べられた手が大きすぎて、「それじゃあ、はい」と握る事ができない。
「赤松さん、何も泊まりでどうこうしようなんて思っていない。君とゆっくり話したいだけだ」
佑に真摯に見つめられ、早川がいる手前、香澄も追い詰められた心境になってきた。
「マネージャー。私、マネージャーの事が大好きなんです。勿論、一緒に働きたいっていう気持ちはあります。でもそれより一人の女性として幸せになってほしいなって思ってます」
「早川さん……。ありがとう……」
「マネージャーって、同性である私から見ても、魅力的だしご飯も美味しいし、優良物件だと思うんですよ。それなのに、彼氏がいなくて勿体ないなーってお節介ながら思っていて。で、そこで御劔さまでしょう? 『怖い』って思う気持ちも分かるんですが、思い切って飛び込んでみたらどうですか? ヘッドハンティングされてもし上手くいかなかったら、次の職を見つけるまでの保証金とか、契約でもぎ取っておけばいいんです」
たくましい早川は、客である佑を前にしてここまで言えるスタッフなので、ある意味心強い。
結婚秒読みの彼氏がいる彼女は、香澄と大して年齢が変わらない。
だからこそ、友人にも似た気持ちで心配してくれているのだろう。
「赤松さんの事は、女性として気に入った上で弊社にヘッドハンティングしようとしているから、もし職場と馴染めなかったとしても、東京で路頭に迷う心配はないとだけ言っておく。勿論、赤松さんが俺を好きになってくれたら、一緒に住むっていう選択肢も広がるけど」
「もぉ……」
早川の前で包み隠さず言われ、香澄は思わず赤面する。
「いいじゃないですか、マネージャー。本社に言ってみたらどうです? 三十歳になる前に、自分の人生を見つめ直して、変わるなら今ですよ?」
「……うん…………」
佑一人に押されていたなら、香澄はずっと抵抗したままだったかもしれない。
だが早川は、プライベートでも時々一緒に遊びに行く仲で、お互い八谷グループの社員だ。
早川はホールスタッフではあるが、八谷の社員でチーフをしている。
年齢が近い事もあり、香澄も仕事以外の相談を彼女にする事は多々あった。
「……親友とは、土曜日に遊んで夕食を取ってから、彼女の家に泊まる約束をしています」
早川に押されてやや折れた香澄が申し出ると、佑は無理のない範囲で提案してくる。
「じゃあ、日曜日の午後は会える? 俺はギリギリ十九時か二十時くらいまでは大丈夫だから、それまでに会えたら嬉しい」
「……はい」
香澄が不承不承頷くと、なぜか早川が「やった!」と両手を上げ、そのまま佑とハイタッチした。
その日も他の店舗を回り、零時に事務所に寄ると、社長の八谷からメールが入っていた。
「……え?」
件名には『御劔社長について/八谷繁』とあり、胸がドキッと鳴る。
恐る恐るメールをクリックして本文を読み、呼吸が止まったかと思った。
その内容は、先日香澄へのセクハラを止める事ができなかった謝罪と、福島も佑に注意を受け、八谷に確認したあと「改めるよう努力する」と言っていたという事だった。
加えて、八谷の元にはすでに佑から連絡が入っていたそうだ。
佑から直接八谷に、『赤松さんを一人の女性として、優秀な働き手として、スカウトしたいと思っています』と申し出があったと書いてある。
「そんな……」
あまりにやる事が早く、香澄は内心舌を巻く。
加えて、会社の社長としては、せっかく育成した優秀な人材を手放すのは惜しいと書いてある。
しかし一人の人間としては、人生の転機となる瞬間を見逃してはいけないと忠告してくれていた。
最終的にどう判断するかは香澄の意志に任せると書き、佑の手を取るとしても、気兼ねなく本社に連絡をしてほしい、と締めくくられていた。
「はぁ……」
勿論、社員なので非常に言いづらい案件ではあった。
恐らく佑もそこを配慮して、「御劔佑の我が儘で」という体で香澄に害のないよう取り計らってくれたのだろう。
そして誇るべきは、八谷も他社の社長から自社社員の引き抜きを持ちかけられ、香澄に圧力を掛ける人ではないという点だ。
八谷にも早川にも言われ、香澄の心は昨日からかなりグラついている。
(麻衣に話を聞いてもらおうかな)
週末に会う親友なら、きっと良い意見をくれるかもしれない。
この年齢になって自分の事を決められないのは情けないが、転職して札幌から東京に行き、有名人の側で暮らすというのは、なかなか即決できる事ではない。
(両親にも話してみよう)
決断するのは、周りの人に相談して、じっくり考えたあとでも構わないだろう。
佑も今すぐ東京にとは言っていないし、時間はあるはずだ。
「東京に行くと決めたなら、住む場所も探さないといけないし。まず土地勘ないから、頑張らないと……」
そう言った時点で、気持ちはかなり前向きになっているのを、香澄は自覚していなかった。
「……いたんですか」
ビルの外に出ると、コートを着た佑が立っていて思わず呟いた。
「君も割と扱いが雑になってきたね」
嬉しそうに言われ、香澄は慌てて〝客〟への対応に直す。
「も、申し訳ございません。御劔さま」
「いや、そうじゃないんだ。君と親しくなれて嬉しいっていう意味だ」
「はぁ……」
途方に暮れていると、佑が「腹減ってないか?」と尋ねてきた。