【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 1

あなたを、信じます

「突然だけど、今日もし良かったらご両親のご都合はつかないだろうか?」

「えっ!?」

 いきなり両親に会いたいと言われ、香澄は混乱する。

「そっ、そりゃあ、家族には相談しないとって思ってましたが、急に御劔さんを連れていくなんて……」

 ――まるで結婚の許しを得に行くみたい。

 と思って口を噤む。

「俺も赤松さんに、突然すぎる申し出をしている自覚はあるんだ。赤松さん本人に、君の事は俺が責任を取ると伝えても、ご両親は赤松さんが東京に行くと言い出したら、当然不安に思うだろう。だから、きちんとご挨拶をして、東京での赤松さんの身元はしっかり預かりますとお伝えしたいんだ」

「……そういう、事なら……」

 結婚の許しではなく、真面目に仕事の話なら……と香澄は頷く。

 反面、ほんの少しだけガッカリしている自分もいて、そんな自分が嫌になる。
 佑の事を素敵だと思っても、出会ってすぐの人に恋なんてしない。
 そう思っていたのに、ずっと自分に対してグイグイ押してきた佑が引く姿を見ると、物足りなくなってしまう。

(私、御劔さんに求められる事を気持ち良く思い始めてる。……自惚れないように気を付けないと。いざという時に『やっぱりやめた』ってされたら、目も当てられない)

 自分を戒めていた時、佑が顔を覗き込んできた。

「……どうした?」
「えっ?」

 軽く微笑んでいるその顔を見て、香澄はドキッと胸を高鳴らせる。
 薄く綺麗な色の瞳は、まるで香澄の感情を見透かしているように思えた。

「何か、ガッカリしてる?」

 佑が笑みを深めたのを見て、香澄は一気に赤面した。

「いっ、いえっ! ガッカリだなんてっ」

 ブンブンと首を振り、香澄は自分が彼に〝期待〟していたのを隠そうとする。

「ご両親に交際の許可を求めていいなら、勿論そうしたいけど」
「いっ、いえっ!」

 自分が考えていた事がすべて筒抜けになっていて、香澄は恥ずかしくて堪らない。

「赤松さん? 俺と付き合うのは嫌?」

 けれど改めて尋ねられ、香澄は返すべき言葉に迷う。

「…………」

 黙っていると、佑が別の言葉で尋ね直す。

「俺の外見に生理的拒絶は? クォーターだから嫌だとか」

「そっ、そんな! ありません! ……か、格好よすぎてビビってるというか……は、ありますけど」

「じゃあ、内面は? 強引すぎるとか、金持ちがいけ好かないとか」

「う、うーん……。強引さは多少感じますけど、不快に思うほどじゃないです。ちょっと調子に乗ってきたな……って感じた時は、ちゃんと引き際をわきまえていますし。正直、紳士的だと思いますし丁寧で、人として信頼できそう……とは思います」

「うん、ありがとう。じゃあ、仕事や東京での生活の不安は置いておいて、俺と付き合う事について、他に不安は?」

 微笑んだまま、佑は丁寧に香澄の気持ちを解きほぐしてゆく。

(この人、こうやって丁寧に解決しようとするんだよなぁ。何でも持っているそのパーフェクトさで、『自分なら許されるだろう』って強引に事を運ばない。だから……気にしてしまうのかもしれない)

 自分の中で〝理由〟をきちんとつけて、香澄は納得する。
 少なくとも、今感じたこれは佑の魅力だ。

(逃げてないで、御劔さんが魅力的だっていう事は認めないと)

 うん、と心の中で頷き、香澄は佑の問いに答えた。

「素直に言えば、御劔さんはとても魅力的で、自分でブレーキを掛けないとあっという間に恋してしまいそうです」

「どうしてブレーキを掛ける?」

 さらに問われ、香澄は唇を一度引き結んでからおずおずと口を開く。

「……御劔さんが、あまりに有名な方で素敵で、自分に釣り合わないと思うからです。いまだに現実味が感じられなくて、いつか『冗談だよ』って言われてポイッと捨てられる未来がたやすく想像できる……。そうなったら、情けなくてみっともなくて……恥ずかしい。……だから、自分に『自惚れたら駄目』ってブレーキを掛けているんです」

「うーん……、そっか」

 佑は頷き、ソファに座り直して脚を組む。

「俺はある程度、自分がそういう風に見られているのを自覚している。でも先日話した通り、中身はごく普通の男だよ。必要があるなら、前の彼女とどうやって駄目になったのか、話してもいい」

「いっ……いえっ! そ、そんな突っ込んだ事、聞けません」

「そうか? ……じゃあ、もう少し身近に感じられるように、香澄って呼ぼうか」

「えっ!?」

 突然、下の名前で呼ばれ、香澄はあたふたとする。

「香澄も俺の事を〝佑〟って呼んでいいよ」

「そっ、そんな……!」

 両手を顔の前でブンブンと振り、香澄はとんでもないと訴える。

「一歩踏み出さないと、いつまで経っても前に進めないと思う」

「そ、それはそうですが……」

「あと、さっきのどうしても不安になる事についてだけど、何なら契約書を用意しようか」

「けっ、契約書!?」

 一度立ち上がった佑は、書斎から書類を持ってきた。
 テーブルの上に置かれたので、つい手に取って見てみる。
 それは企業で取り交わされている物よりはずっと略式化しているが、最後のページには佑のサインが書かれ、印鑑が押されてあった。

「理解しやすい文章で書いたから、読んでみて」

「はい……」

 書かれてある文章に目を通すと、佑は香澄が求める限り、東京での生活と安全を保証し、仕事においても無責任に解雇しないと書かれてあった。
 仕事について香澄の方から辞めたいという意志があった場合は、きちんと相談し合って決めるともある。
 他、仮に同棲に至った場合、香澄が同意しないなら無理な性行為もしないとも書いてある。

 全体的に、香澄にとってとても有利な内容だった。

 香澄が途中で会社を辞めると言ったとしても、次の職が見つかるまでの保証金を出し、積極的に転職の手伝いをすると書いてある。
 その上、同棲を解消した場合は、無条件で佑が持つ不動産を無償で貸し、次の住居が見つかるまで無期限で住んでいい事になっている。
『Chief Every』で社長秘書として勤めた場合の雇用条件の他、同棲した場合は一切家事をやらなくていいとも書いてあった。
 その他、社長秘書として身なりを整えるのに必要となる服や化粧品、その他習い事などに掛かる金も佑が支払うとある。

「……これで、御劔さんはどうやって得するんですか?」

「得? 俺は香澄に側にいてほしいだけだけど」

 また香澄と呼び、佑が邪気のない表情で笑う。
 この契約書と彼の態度で、佑が自分と付き合うためなら、本気で何でもしようと思っているのを感じた。

(負けだ……)

 香澄は手にしていた契約書をテーブルの上に置く。

 佑は契約書を用意する事で、香澄が現在抱えている不安すべてを解消しようと先回りしていた。

 これで、〝いつか捨てられた時の現実的な辛さ〟はすべて解消される。
 少なくとも、手元には巨額の金が入るし、住む場所も失わない。
 次の仕事が見つかるまで、贅沢三昧できそうなほどの保証が書かれてあった。

「……御劔さんは、同棲したいんですか?」

「可能ならそうしたいかな。好きになった女性とは、常に一緒にいたい。仕事でも側にいてもらうけど、やっぱり接する時間が多い方が君に早く好きになってもらえると思うんだ」

「……全部、本気なんですか?」

 香澄が前向きになったのを感じ、佑は惚れ惚れとするような笑みを浮かべた。

「本気だよ。俺は香澄のすべてがほしい」

 名前で呼ばれているからか、その言葉を聞いて胸の奥が熱くなった。
 鼓動が徐々に速まり、自分が佑を意識しているのを自覚する。

 香澄は一度佑から視線を外したあと、テーブルの上の契約書に目を落とす。

 それから目を閉じて、自分の心と向き合った。

 自分はどうしたいのか。
 御劔佑という人に望まれて、どう感じているのか。
 仕事、恋人、結婚、それらについて、どうなれば自分が幸せに感じられるか。

 ――やがて。

「……あなたを、信じます」

 目を開け、顔を上げた香澄は、佑をまっすぐ見つめて決意を口にする。

「俺と一緒に来てくれる?」

 佑が目を細め、立ち上がる。
 そしてテーブルを回り込んで、香澄の前に立ち手を差し伸べた。

「……はい。宜しくお願い致します。佑さん」

 香澄も立ち上がり、彼の大きな手をキュッと握った。

「ありがとう!」

 その途端、握った手を引かれて抱き締められた。

「わっ……」

 Tシャツの柔らかな生地越しに、厚い胸板と彼の体温を感じる。

 そして鼻腔を満たした官能的な雄の香りに、思わず赤面した。
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