【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 1
御劔家で迎える朝
そしてつい、こんな事を考えてしまった。
(佑さんって、記念日とか大切にしそう。マメそうだな)
けれどその〝相手〟が自分であるとは、まだ考えられなかった。
(本当に突然だから……。まず慣れていく事を一番に考えよう)
自分に言い聞かせ、香澄はモソリと寝返りを打ち横向きになる。
目を閉じて眠ろうとするが、興奮していてどんどん目が冴えていく気がした。
けれど本当に心身共に疲れているからか、気が付けば深い眠りについていた。
**
ふ……、と目を開けると、知らない天井がある。
天井は自分の部屋よりもずっと高く、見知らぬ照明が下がっていた。
(あれ……?)
目をショボショボさせながら空間が空いている方に寝返りを打つと、部屋の中がやけに広くてギョッとした。
「えっ……?」
思わず素の声が出て、一気に目が覚める。
「どこ……ここ……」
ガバッと起き上がり、自分の部屋には広すぎる室内を見回す。
ホテルにしては生活感のあるそれを眺めている内に、ちらほらと視界に自分の私物を認める。
「あぁ……、そっか……」
自分が東京にいるとやっと思いだし、香澄は溜め息をつく。
枕元にある時計を確認すると、もう八時近くだ。
「やば……」
慌ててベッドから下りた香澄は、洗面所に行って朝の支度をする。
クローゼットの中にはお洒落な服が沢山入っていたが、普段着として着るにはよそ行きすぎるので、札幌から持ってきた自前の普段着を着た。
スキニーに半袖Tシャツ、無地のパーカーという実にシンプルな格好となり、昨日履いていたスリッパに足を入れ、パタパタと廊下を進む。
(二階にはもういなさそうだな)
ペタペタと音を立てて階段を下り、リビングダイニングに続くドアの前で深呼吸した。
(まずやっぱり、『おはようございます』だよね。もし先にご飯食べてたなら、近くのコンビニの位置でも確認しに行こうかな)
リビングからは、小さな音量でテレビのニュースが聞こえてきた。
(昨日、約束通り……っていうか、襲われなかったな。こういうトコは信じていいのかな……)
今さらながら自分の貞操が守られた事に安堵し、同時に「自意識過剰だな」と恥ずかしくなる。
「ん、んン」
咳払いをし、香澄はドアを開いた。
(……あれ?)
広々としたリビングダイニングを見回したが、パッと見て佑の姿が見えない。
(でもテレビついてるな……)
中心部に向けて歩き、「とりあえずソファにでも座るか」と思った時、ソファに佑が寝ているのを見つけて、床から足が数センチ浮いたかと思った。
「!!」
無言で驚いた香澄は、心臓を押さえて思いきり息を吸い、止めた。
そしてゆっくりゆっくり吐いてゆく。
(寝てる……)
ジーンズに長袖Tシャツの佑は、長い脚を投げ出し寝ている。
(……いいのかな。こんなに無防備に寝ていて……。……睫毛長いなぁ……。肌ツルツル)
思わずしゃがんでしげしげと彼の寝顔を見てしまい、日本人の黒髪より色素の薄い髪が気になる。
(……ちょっとだけ……)
顔に掛かっている前髪をそっと避けようとした時、パッと佑の目が開いて香澄の手が掴まれた。
「っ……! ご、ごめんなさい!」
「……あ、いや……。俺こそごめん。痛くなかったか?」
佑はすぐに起き上がり、香澄を見て謝ってくる。
「いえ、大丈夫です」
「腹減ってる?」
佑はほんの少し、テーブルの上に置いてあったタブレットを開き、何かを確認してすぐ閉じる。
伸びをして小さく欠伸を噛み殺した彼を見ると、普段の疲れが分かる気がした。
「えーと……ちょっと」
正直、環境が変わりすぎて空腹もよく分からないのだが、佑が空腹だと悪いと思い頷いておく。
「……どうしようかな。雑煮でも作ろうか」
「あっ、わ、私やります!」
シャキッと立ち上がった香澄に、佑は笑いかける。
「じゃあ、二人で作ろう」
佑は台所に向かい、キッチン台の下の収納から手頃な大きさの鍋を出す。
「あ、飲み水はこのウォーターサーバーを使ってくれ。各フロアと俺の部屋にもあるけど、香澄の部屋にもいずれつける」
「い、いえ! 勿体ないので大丈夫です」
「いいから。水は美味い方がいいに決まってるし」
佑は物入れから鰹節を出し、小瓶に入れられている一回分にカットされた昆布も用意する。
昆布を軽く拭いてから水を入れた鍋にポチャンと入れ、ふやかしておく。
「……凄い」
「ん?」
「昆布をちゃんと拭いたりするんですね。私、母に教わるまで知らなくて」
細かな所だが、料理をするにも小さなテクニックや知識が滲み出てくる。
偏見かもしれないが、男性が料理をすると聞くとどうしても大雑把な〝男飯〟などを想像してしまう。
だから失礼ながら、佑が細やかな所に気付いているのが意外で純粋に感心した。
「ああ、斎藤さんに教わったんだ」
「なるほど……」
佑は引き出しの中から市販の角餅を取りだし、小袋を四つ出してキッチン台に置く。
「うちの母は日本とドイツのミックスで、基本的にお嬢様育ちだ。日本に来てから頼る先がなくて結構苦労したようだ。それを経て今は一通りの家事ができている。それでも俺が子供の頃とかは、割とシンプルな料理が多かったかな。肉の塊を買ってきて、下味をつけて豪快に焼くとか」
「おお……。美味しそうです」
「その分、煮物とかは長い間苦手だったらしい。ドイツに戻ればコテコテの日本人の祖母がいる。料理は勿論、裁縫や掃除、色んな事を〝花嫁修業〟として叩き込まれた人だ。でも母は自立して〝外〟で働くのを目的に育ち、あまり祖母から家事などを学ばなかった」
「……はい」
海外の事に疎い香澄でも、海外の女性は日本以上に自立していて、専業主婦の方が珍しいのだとどこかで聞いて知っている。
専業主婦は夫の収入に頼るので、自分自身の能力がないと言われているように捉えられるのだとか。
海外の夫婦と言えば人前でも憚らずキスをする甘い二人……というイメージがあるが、愛しているから相手を養う、相手に経済的に頼る事は同義ではない。
(きっと対等な関係でお互いを尊敬するから、相手を好きだって思えるんだろうな)
普段は海外と日本の差などあまり実感しないが、佑のような人がいると改めて考えさせられる。
香澄の母も専業主婦なので、海外の事情を日本に持ち出して議論するのは、少し違うと思っている。
けれど西欧ではそういう考え方が主体で、日本も西欧化を目指しているのだという事は分かっていた。
「それでも母は俺が日本で育つなら、美味しい日本食を食べさせたいと思って、料理教室に通うなどの努力をしてくれた。ただその頃には俺はもう中高生になっていたから、長く母の手料理を食べる事もなかった。大学に進学すると同時に一人暮らしをして、あれこれ忙しくしていたから、俺の方こそ最初は何も料理ができなかったんだ」
「そうなんですね」
「コンビニやスーパーの弁当を食べていたけど、『このままじゃ体を壊すかもしれない』と思って、自炊の知識を深めた。そのうち……まぁ、仕事が軌道に乗って調子に乗った時期もあり、暴飲暴食をして仕事も無理をして、一度倒れた。……そのあとに斎藤さんと出会って、ずっと健康的な食事をしているよ」
「はぁ……」
話している間も、佑は冷蔵庫から三つ葉や椎茸、柚子やつとなどを取りだしていた。
どうやら香澄が札幌で食べている北海道のすまし汁の雑煮と同じらしく、手伝おうと思って手を洗った。
「斎藤さんが働く時間と、タイミングが合わないのがほとんどだ。でもたまに機会がある時は、せっかくだからプロに教えてもらおうと思って、基本的な料理から教えてもらってるかな。もう七年ぐらい経つから、斎藤さんが休みでも一応食べられる物は作れる……と思っている」
「七年……!」
(下手したら、私より料理が上手いかも!)
どことなく負けた感がして、香澄は内心冷や汗を垂らす。
彼に勝とうなど思っていなかったが、妙なバイアスが掛かってしまっていて、女性の自分の方が料理が下手だと情けない……と思ってしまう。
そんな香澄に構わず、佑は三つ葉の房を二人分ほどに分けて「これ、洗って適当に切ってくれるか?」と指示を出してきた。
(佑さんって、記念日とか大切にしそう。マメそうだな)
けれどその〝相手〟が自分であるとは、まだ考えられなかった。
(本当に突然だから……。まず慣れていく事を一番に考えよう)
自分に言い聞かせ、香澄はモソリと寝返りを打ち横向きになる。
目を閉じて眠ろうとするが、興奮していてどんどん目が冴えていく気がした。
けれど本当に心身共に疲れているからか、気が付けば深い眠りについていた。
**
ふ……、と目を開けると、知らない天井がある。
天井は自分の部屋よりもずっと高く、見知らぬ照明が下がっていた。
(あれ……?)
目をショボショボさせながら空間が空いている方に寝返りを打つと、部屋の中がやけに広くてギョッとした。
「えっ……?」
思わず素の声が出て、一気に目が覚める。
「どこ……ここ……」
ガバッと起き上がり、自分の部屋には広すぎる室内を見回す。
ホテルにしては生活感のあるそれを眺めている内に、ちらほらと視界に自分の私物を認める。
「あぁ……、そっか……」
自分が東京にいるとやっと思いだし、香澄は溜め息をつく。
枕元にある時計を確認すると、もう八時近くだ。
「やば……」
慌ててベッドから下りた香澄は、洗面所に行って朝の支度をする。
クローゼットの中にはお洒落な服が沢山入っていたが、普段着として着るにはよそ行きすぎるので、札幌から持ってきた自前の普段着を着た。
スキニーに半袖Tシャツ、無地のパーカーという実にシンプルな格好となり、昨日履いていたスリッパに足を入れ、パタパタと廊下を進む。
(二階にはもういなさそうだな)
ペタペタと音を立てて階段を下り、リビングダイニングに続くドアの前で深呼吸した。
(まずやっぱり、『おはようございます』だよね。もし先にご飯食べてたなら、近くのコンビニの位置でも確認しに行こうかな)
リビングからは、小さな音量でテレビのニュースが聞こえてきた。
(昨日、約束通り……っていうか、襲われなかったな。こういうトコは信じていいのかな……)
今さらながら自分の貞操が守られた事に安堵し、同時に「自意識過剰だな」と恥ずかしくなる。
「ん、んン」
咳払いをし、香澄はドアを開いた。
(……あれ?)
広々としたリビングダイニングを見回したが、パッと見て佑の姿が見えない。
(でもテレビついてるな……)
中心部に向けて歩き、「とりあえずソファにでも座るか」と思った時、ソファに佑が寝ているのを見つけて、床から足が数センチ浮いたかと思った。
「!!」
無言で驚いた香澄は、心臓を押さえて思いきり息を吸い、止めた。
そしてゆっくりゆっくり吐いてゆく。
(寝てる……)
ジーンズに長袖Tシャツの佑は、長い脚を投げ出し寝ている。
(……いいのかな。こんなに無防備に寝ていて……。……睫毛長いなぁ……。肌ツルツル)
思わずしゃがんでしげしげと彼の寝顔を見てしまい、日本人の黒髪より色素の薄い髪が気になる。
(……ちょっとだけ……)
顔に掛かっている前髪をそっと避けようとした時、パッと佑の目が開いて香澄の手が掴まれた。
「っ……! ご、ごめんなさい!」
「……あ、いや……。俺こそごめん。痛くなかったか?」
佑はすぐに起き上がり、香澄を見て謝ってくる。
「いえ、大丈夫です」
「腹減ってる?」
佑はほんの少し、テーブルの上に置いてあったタブレットを開き、何かを確認してすぐ閉じる。
伸びをして小さく欠伸を噛み殺した彼を見ると、普段の疲れが分かる気がした。
「えーと……ちょっと」
正直、環境が変わりすぎて空腹もよく分からないのだが、佑が空腹だと悪いと思い頷いておく。
「……どうしようかな。雑煮でも作ろうか」
「あっ、わ、私やります!」
シャキッと立ち上がった香澄に、佑は笑いかける。
「じゃあ、二人で作ろう」
佑は台所に向かい、キッチン台の下の収納から手頃な大きさの鍋を出す。
「あ、飲み水はこのウォーターサーバーを使ってくれ。各フロアと俺の部屋にもあるけど、香澄の部屋にもいずれつける」
「い、いえ! 勿体ないので大丈夫です」
「いいから。水は美味い方がいいに決まってるし」
佑は物入れから鰹節を出し、小瓶に入れられている一回分にカットされた昆布も用意する。
昆布を軽く拭いてから水を入れた鍋にポチャンと入れ、ふやかしておく。
「……凄い」
「ん?」
「昆布をちゃんと拭いたりするんですね。私、母に教わるまで知らなくて」
細かな所だが、料理をするにも小さなテクニックや知識が滲み出てくる。
偏見かもしれないが、男性が料理をすると聞くとどうしても大雑把な〝男飯〟などを想像してしまう。
だから失礼ながら、佑が細やかな所に気付いているのが意外で純粋に感心した。
「ああ、斎藤さんに教わったんだ」
「なるほど……」
佑は引き出しの中から市販の角餅を取りだし、小袋を四つ出してキッチン台に置く。
「うちの母は日本とドイツのミックスで、基本的にお嬢様育ちだ。日本に来てから頼る先がなくて結構苦労したようだ。それを経て今は一通りの家事ができている。それでも俺が子供の頃とかは、割とシンプルな料理が多かったかな。肉の塊を買ってきて、下味をつけて豪快に焼くとか」
「おお……。美味しそうです」
「その分、煮物とかは長い間苦手だったらしい。ドイツに戻ればコテコテの日本人の祖母がいる。料理は勿論、裁縫や掃除、色んな事を〝花嫁修業〟として叩き込まれた人だ。でも母は自立して〝外〟で働くのを目的に育ち、あまり祖母から家事などを学ばなかった」
「……はい」
海外の事に疎い香澄でも、海外の女性は日本以上に自立していて、専業主婦の方が珍しいのだとどこかで聞いて知っている。
専業主婦は夫の収入に頼るので、自分自身の能力がないと言われているように捉えられるのだとか。
海外の夫婦と言えば人前でも憚らずキスをする甘い二人……というイメージがあるが、愛しているから相手を養う、相手に経済的に頼る事は同義ではない。
(きっと対等な関係でお互いを尊敬するから、相手を好きだって思えるんだろうな)
普段は海外と日本の差などあまり実感しないが、佑のような人がいると改めて考えさせられる。
香澄の母も専業主婦なので、海外の事情を日本に持ち出して議論するのは、少し違うと思っている。
けれど西欧ではそういう考え方が主体で、日本も西欧化を目指しているのだという事は分かっていた。
「それでも母は俺が日本で育つなら、美味しい日本食を食べさせたいと思って、料理教室に通うなどの努力をしてくれた。ただその頃には俺はもう中高生になっていたから、長く母の手料理を食べる事もなかった。大学に進学すると同時に一人暮らしをして、あれこれ忙しくしていたから、俺の方こそ最初は何も料理ができなかったんだ」
「そうなんですね」
「コンビニやスーパーの弁当を食べていたけど、『このままじゃ体を壊すかもしれない』と思って、自炊の知識を深めた。そのうち……まぁ、仕事が軌道に乗って調子に乗った時期もあり、暴飲暴食をして仕事も無理をして、一度倒れた。……そのあとに斎藤さんと出会って、ずっと健康的な食事をしているよ」
「はぁ……」
話している間も、佑は冷蔵庫から三つ葉や椎茸、柚子やつとなどを取りだしていた。
どうやら香澄が札幌で食べている北海道のすまし汁の雑煮と同じらしく、手伝おうと思って手を洗った。
「斎藤さんが働く時間と、タイミングが合わないのがほとんどだ。でもたまに機会がある時は、せっかくだからプロに教えてもらおうと思って、基本的な料理から教えてもらってるかな。もう七年ぐらい経つから、斎藤さんが休みでも一応食べられる物は作れる……と思っている」
「七年……!」
(下手したら、私より料理が上手いかも!)
どことなく負けた感がして、香澄は内心冷や汗を垂らす。
彼に勝とうなど思っていなかったが、妙なバイアスが掛かってしまっていて、女性の自分の方が料理が下手だと情けない……と思ってしまう。
そんな香澄に構わず、佑は三つ葉の房を二人分ほどに分けて「これ、洗って適当に切ってくれるか?」と指示を出してきた。