【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 1
それ、うちの服だよな。ありがとう
包丁はどれも高級な物だと、詳しくない香澄にも分かる。
(きっと専門の人に定期的に研いでもらっているんだろうな)
手を切らないように気を付けながら、香澄は三つ葉を一口大に切ってゆく。
「……あの、私も便乗して斎藤さんに習っていいでしょうか?」
「俺に聞かなくても、好きな時に自由にどうぞ。斎藤さんも話し相手ができたら嬉しいと思うし」
「ありがとうございます」
そうは言うものの、少し気が引けた。
パリまで行って修行した一流の人の技を習うなら、相応に金を払うのが筋だからだ。
佑は斎藤に家政婦としての給料を払っていて、彼が習うなら納得がいく。
(私は全部、佑さんのぶら下がりだもんな)
引け目を感じながらも、衣食住すべて世話になるなら、せめて何か役に立たなければと思った。
「斎藤さんがいない時に、役に立てるよう頑張りますから」
気負った香澄の横顔を、佑はチラッと見る。
何か言いたそうな顔をしていたが、彼はそのまま「楽しみにしているよ」と言うのだった。
香澄にもなじみ深いすまし汁の雑煮ができる間、佑は冷蔵庫の保存容器から、大晦日から元旦にかけてのご馳走の残りを出した。
うま煮や昆布巻きなど毎年赤松家でも見る物から、テリーヌのようなフレンチのオードブルまで色々ある。
「刺身とかの生物は、あらかた食べてしまったんだ。ローストビーフとかならまだあるから、食べたかったら食べて」
「ありがとうございます」
空腹かと聞かれて「ちょっと」と言ったからか、佑は美しい絵付けのされた大皿に色んな物を少しずつ盛ってゆく。
それを見ているうちに、あまりに美味しそうでお腹が主張してきたが、食い意地を張るまいと自分に言い聞かせる。
「何か、酒は飲む? 多分、何でも用意できると思うけど」
「あ、お水かお茶で大丈夫です」
思わずそう言った香澄を、キッチン台にトンと寄りかかった佑が斜めに見てくる。
「今は来たばかりで緊張していて当たり前だけど、一緒に暮らすのに遠慮しなくていいからな?」
「はい。遠慮は……してません」
香澄の言葉に佑は「ふむ」と頷き、改めて尋ねてきた。
「札幌のバーではカクテルを飲んでいたけど、甘い酒が好き?」
「そうですね。ビールは飲めない事はないんですが、『美味しい』と思って進んで飲むほどじゃないと思います。多分、舌が子供なんだと思います。同じ理由で、日本酒やウィスキーとかもあまり飲みません。梅酒とか、カクテル、チューハイとかは好んで飲みます」
「分かった、頭に入れておくよ」
料理の準備がすべて終わり、ダイニングに運ぶと二人で「いただきます」をした。
(美味しい……)
雑煮のすまし汁さえ、使っている出汁や塩が違うからか美味しく感じる。
他の料理も、さすが斎藤が作っただけあり、赤松家の味付けとはひと味もふた味も違い、美味しくて堪らない。
気が付けば香澄は夢中になって箸と口を動かし、真剣に食事をとっていた。
佑はそんな彼女を見て微笑み、自分も大人しく食事をした。
「やっぱり、人がいるっていいな」
空になった食器を片付け、食後のコーヒーを飲みながら佑が言う。
「あ……、今まで一人……だったんですよね」
リビングのソファは大きくコの字型になっていたが、あまりに寛ぐスペースが広いので、香澄は佑と同じソファに人一人分空けて座っていた。
あまり距離を取っても、意識していると思われるのが恥ずかしいからだ。
「当たり前だけど、一人の食卓は寂しい。今までは『自分で望んで一人になっているから、別に平気だ』って思っていた。それでも、いざ誰かを求めるようになると、こうやって会話ができる事のありがたさを痛感するよ」
「一緒にご飯を食べるぐらいなら、いつでも」
思わず笑うと、佑も優しげに微笑んでくれる。
「それ、うちの服だよな。ありがとう」
香澄が着ているシンプルなパーカーやレギンスを見て、佑が笑みを深める。
「あっ……、あ、お世話になっております!」
今さらながら深々と頭を下げると、クックッと佑は喉を鳴らして笑う。
「Chief Every Basic、好きなんです。私、センスがなくて柄物とか合わせるのが苦手なんですが、Chief Every Basicのはシンプル無地ながらシルエットが綺麗で気楽に着られるんです」
香澄の言うように、Chief Everyというファッションブランドの中で、様々なニーズに合わせてシリーズが細分化されている。
Basicは文字通り無地でベーシックなシリーズ、Gardenは可愛らしい花柄やボタニカル柄などを主軸としたもの、Ladyはフェミニンさと健康的な色気のあるシリーズ、Sportsはスポーツ会社とタイアップした男女のスポーツウェアやインナー、Businessは紳士服ブランドとタイアップした手の届きやすい男女スーツ類や靴、ブリーフケースなど、メンズ向けのCoolなどもある。
一番最初に立ち上げられたCEPは人々に憧れられながらも、手が届かない値段なのでChief Everyの様々なシリーズは非常にニーズがあった。
デザイナーという存在は、よほどファッションに敏感な人にしか名前を知られていない。
会社内のデザイナーともなれば、もっと名が埋もれてしまう可能性がある。
だがCEPのデザインは佑がもう一人のデザイナー、朔と共に考えていて、佑が目立つだけにCEPやChief Everyそのものが世間から注目されていた。
だからこそ佑はそこに目を付け、ファッション界で人気のあるデザイナーを引き抜いてはChief Everyに入れ、それぞれのターゲット層に人気の出るデザインを任せていた。
今ではデザイナーを目指す若者の中で、「Chief Everyの新シリーズを担当したい」という夢を語る者が出てくるほどだ。
「ありがとう。うちのデザイナーが喜ぶよ」
「佑さんは自社製品とか着るんですか?」
今、彼が着ているのはシンプルな無地のロングTシャツだ。
先ほどチラッと、背中側に見せるデザインのタグがついていたのを見たが、知らないブランドの物だった。
「ああ、自分で色々作ってみて、実際の着心地とかを試してるんだ。地下にはミシンのある作業部屋があって、そこは……結構ちらかし放題にしているから、あまり入らないで」
最後は恥ずかしそうに苦笑いするので、相当ちらかっているのだろう。
「分かりました。というか、自分で服が作れるって凄いですね」
香澄は家庭科でエプロンやナップサックを作った覚えはあるが、人の立体に合わせた服を作るなどできない。
今は「ボタン付けができて裾上げテープがあれば十分」と思っている。
「服作りは中学生頃からやってたかな。だからもう慣れだと思う。デザインも最初は素人で、本格的に専門の学校に行って学んだ訳じゃない。CEPも七割は朔さんに任せているんだ」
「佑さんは経営で忙しいですもんね」
「それでも、祖父の関係でパリコレとかに行っていたからか、ものを見る目は培われていたと思う。街中で色んな人を見て、『あの人にはこういう服が似合いそう』というのが次々に沸いてくるんだ。学生時代は街角でひたすらにデザインを描いていた時期もあった。他にもファッションの聖地とされる街に行って、ひたすら服を見て流行を感じたり、服の作りを見たり。……よっぽど作品として気に入った服じゃないと買わなかったから、店としては嫌な客だったと思う」
最後は苦笑しながら言うので、香澄も思わず笑ってしまう。
「私も服は『見るだけ……』ってなっちゃうので、分かります。大丈夫です」
ひとしきり笑ったあと、佑はしみじみ……という表情で微笑む。
「最初はドイツの親戚に会いに行った時、血筋を遡れば皇帝にも繋がる家柄、そして祖父自身は慈善活動で女王から勲章や称号を得た人。そういうブランド力に引け目を感じた」
(佑さんみたいな人でも、そんな事を感じるんだ)
内心香澄は驚き、それでも相手が皇帝や勲章、称号を得た人と聞くと、比べる存在が大きすぎてよく分からなくなる。
「祖父母は遠い日本にいる俺と会うと、それは可愛がってくれた。あちらにいる間どこにでも連れて行った。むしろそれは、子供の頃から世界に慣れろという意思表示だったのかもしれない。その頃から、彼らの世界を強く意識して、まずファッションに目がいった。どんな金持ちでも、必ず服を着る。その舞台で自分を認めさせてやるって思ったんだ」
佑がここまで成長した原点を知り、香澄は意外な感情に囚われる。
(劣等感からだったんだ。それでも、それをバネにここまでなれるなんて凄い)
香澄の表情を見て、彼女が考えている事を多少理解したのか、佑は微妙な顔で笑った。
「今は自分の金で稼いでいるけど、起業した当初は母や祖父のバックグラウンドがあったからこそなんだ。だからいまだに『クラウザー家の御劔さん』とも言われる。そういう見方のほうが、分かりやすいんだろうな」
確かに日本人でも、偉人の子孫という言われ方をされると、その人個人が如何に優れた人でも、そちらの情報が勝ってしまう。
「私のような一般人には分からないご苦労をされてきたんですね」
「ありがとう。……でも、ごめん。こういう愚痴を話すべきではなかったな」
佑はそう言って、カップに残っていたコーヒーを飲む。
「いいえ。佑さんの事を少し知れて良かったです。……いまだに私にとってあなたは、雲の上の存在なので」
「そうか? 少しずつ歩み寄れたらいいな。月曜日の仕事始めまで時間があるから、お互い趣味や好きなもの、苦手なもの、友人関係や生い立ちとか、話してみないか? 情報があれば親しみが湧くかもしれない」
「そうですね。あまり特筆すべき事がない、普通の人間で恐縮ですが……」
(『ご趣味は?』なんて、お見合いみたい)
思わずそう思ってから、自分は一応佑に求婚された身なのだと思いだした。
(きっと専門の人に定期的に研いでもらっているんだろうな)
手を切らないように気を付けながら、香澄は三つ葉を一口大に切ってゆく。
「……あの、私も便乗して斎藤さんに習っていいでしょうか?」
「俺に聞かなくても、好きな時に自由にどうぞ。斎藤さんも話し相手ができたら嬉しいと思うし」
「ありがとうございます」
そうは言うものの、少し気が引けた。
パリまで行って修行した一流の人の技を習うなら、相応に金を払うのが筋だからだ。
佑は斎藤に家政婦としての給料を払っていて、彼が習うなら納得がいく。
(私は全部、佑さんのぶら下がりだもんな)
引け目を感じながらも、衣食住すべて世話になるなら、せめて何か役に立たなければと思った。
「斎藤さんがいない時に、役に立てるよう頑張りますから」
気負った香澄の横顔を、佑はチラッと見る。
何か言いたそうな顔をしていたが、彼はそのまま「楽しみにしているよ」と言うのだった。
香澄にもなじみ深いすまし汁の雑煮ができる間、佑は冷蔵庫の保存容器から、大晦日から元旦にかけてのご馳走の残りを出した。
うま煮や昆布巻きなど毎年赤松家でも見る物から、テリーヌのようなフレンチのオードブルまで色々ある。
「刺身とかの生物は、あらかた食べてしまったんだ。ローストビーフとかならまだあるから、食べたかったら食べて」
「ありがとうございます」
空腹かと聞かれて「ちょっと」と言ったからか、佑は美しい絵付けのされた大皿に色んな物を少しずつ盛ってゆく。
それを見ているうちに、あまりに美味しそうでお腹が主張してきたが、食い意地を張るまいと自分に言い聞かせる。
「何か、酒は飲む? 多分、何でも用意できると思うけど」
「あ、お水かお茶で大丈夫です」
思わずそう言った香澄を、キッチン台にトンと寄りかかった佑が斜めに見てくる。
「今は来たばかりで緊張していて当たり前だけど、一緒に暮らすのに遠慮しなくていいからな?」
「はい。遠慮は……してません」
香澄の言葉に佑は「ふむ」と頷き、改めて尋ねてきた。
「札幌のバーではカクテルを飲んでいたけど、甘い酒が好き?」
「そうですね。ビールは飲めない事はないんですが、『美味しい』と思って進んで飲むほどじゃないと思います。多分、舌が子供なんだと思います。同じ理由で、日本酒やウィスキーとかもあまり飲みません。梅酒とか、カクテル、チューハイとかは好んで飲みます」
「分かった、頭に入れておくよ」
料理の準備がすべて終わり、ダイニングに運ぶと二人で「いただきます」をした。
(美味しい……)
雑煮のすまし汁さえ、使っている出汁や塩が違うからか美味しく感じる。
他の料理も、さすが斎藤が作っただけあり、赤松家の味付けとはひと味もふた味も違い、美味しくて堪らない。
気が付けば香澄は夢中になって箸と口を動かし、真剣に食事をとっていた。
佑はそんな彼女を見て微笑み、自分も大人しく食事をした。
「やっぱり、人がいるっていいな」
空になった食器を片付け、食後のコーヒーを飲みながら佑が言う。
「あ……、今まで一人……だったんですよね」
リビングのソファは大きくコの字型になっていたが、あまりに寛ぐスペースが広いので、香澄は佑と同じソファに人一人分空けて座っていた。
あまり距離を取っても、意識していると思われるのが恥ずかしいからだ。
「当たり前だけど、一人の食卓は寂しい。今までは『自分で望んで一人になっているから、別に平気だ』って思っていた。それでも、いざ誰かを求めるようになると、こうやって会話ができる事のありがたさを痛感するよ」
「一緒にご飯を食べるぐらいなら、いつでも」
思わず笑うと、佑も優しげに微笑んでくれる。
「それ、うちの服だよな。ありがとう」
香澄が着ているシンプルなパーカーやレギンスを見て、佑が笑みを深める。
「あっ……、あ、お世話になっております!」
今さらながら深々と頭を下げると、クックッと佑は喉を鳴らして笑う。
「Chief Every Basic、好きなんです。私、センスがなくて柄物とか合わせるのが苦手なんですが、Chief Every Basicのはシンプル無地ながらシルエットが綺麗で気楽に着られるんです」
香澄の言うように、Chief Everyというファッションブランドの中で、様々なニーズに合わせてシリーズが細分化されている。
Basicは文字通り無地でベーシックなシリーズ、Gardenは可愛らしい花柄やボタニカル柄などを主軸としたもの、Ladyはフェミニンさと健康的な色気のあるシリーズ、Sportsはスポーツ会社とタイアップした男女のスポーツウェアやインナー、Businessは紳士服ブランドとタイアップした手の届きやすい男女スーツ類や靴、ブリーフケースなど、メンズ向けのCoolなどもある。
一番最初に立ち上げられたCEPは人々に憧れられながらも、手が届かない値段なのでChief Everyの様々なシリーズは非常にニーズがあった。
デザイナーという存在は、よほどファッションに敏感な人にしか名前を知られていない。
会社内のデザイナーともなれば、もっと名が埋もれてしまう可能性がある。
だがCEPのデザインは佑がもう一人のデザイナー、朔と共に考えていて、佑が目立つだけにCEPやChief Everyそのものが世間から注目されていた。
だからこそ佑はそこに目を付け、ファッション界で人気のあるデザイナーを引き抜いてはChief Everyに入れ、それぞれのターゲット層に人気の出るデザインを任せていた。
今ではデザイナーを目指す若者の中で、「Chief Everyの新シリーズを担当したい」という夢を語る者が出てくるほどだ。
「ありがとう。うちのデザイナーが喜ぶよ」
「佑さんは自社製品とか着るんですか?」
今、彼が着ているのはシンプルな無地のロングTシャツだ。
先ほどチラッと、背中側に見せるデザインのタグがついていたのを見たが、知らないブランドの物だった。
「ああ、自分で色々作ってみて、実際の着心地とかを試してるんだ。地下にはミシンのある作業部屋があって、そこは……結構ちらかし放題にしているから、あまり入らないで」
最後は恥ずかしそうに苦笑いするので、相当ちらかっているのだろう。
「分かりました。というか、自分で服が作れるって凄いですね」
香澄は家庭科でエプロンやナップサックを作った覚えはあるが、人の立体に合わせた服を作るなどできない。
今は「ボタン付けができて裾上げテープがあれば十分」と思っている。
「服作りは中学生頃からやってたかな。だからもう慣れだと思う。デザインも最初は素人で、本格的に専門の学校に行って学んだ訳じゃない。CEPも七割は朔さんに任せているんだ」
「佑さんは経営で忙しいですもんね」
「それでも、祖父の関係でパリコレとかに行っていたからか、ものを見る目は培われていたと思う。街中で色んな人を見て、『あの人にはこういう服が似合いそう』というのが次々に沸いてくるんだ。学生時代は街角でひたすらにデザインを描いていた時期もあった。他にもファッションの聖地とされる街に行って、ひたすら服を見て流行を感じたり、服の作りを見たり。……よっぽど作品として気に入った服じゃないと買わなかったから、店としては嫌な客だったと思う」
最後は苦笑しながら言うので、香澄も思わず笑ってしまう。
「私も服は『見るだけ……』ってなっちゃうので、分かります。大丈夫です」
ひとしきり笑ったあと、佑はしみじみ……という表情で微笑む。
「最初はドイツの親戚に会いに行った時、血筋を遡れば皇帝にも繋がる家柄、そして祖父自身は慈善活動で女王から勲章や称号を得た人。そういうブランド力に引け目を感じた」
(佑さんみたいな人でも、そんな事を感じるんだ)
内心香澄は驚き、それでも相手が皇帝や勲章、称号を得た人と聞くと、比べる存在が大きすぎてよく分からなくなる。
「祖父母は遠い日本にいる俺と会うと、それは可愛がってくれた。あちらにいる間どこにでも連れて行った。むしろそれは、子供の頃から世界に慣れろという意思表示だったのかもしれない。その頃から、彼らの世界を強く意識して、まずファッションに目がいった。どんな金持ちでも、必ず服を着る。その舞台で自分を認めさせてやるって思ったんだ」
佑がここまで成長した原点を知り、香澄は意外な感情に囚われる。
(劣等感からだったんだ。それでも、それをバネにここまでなれるなんて凄い)
香澄の表情を見て、彼女が考えている事を多少理解したのか、佑は微妙な顔で笑った。
「今は自分の金で稼いでいるけど、起業した当初は母や祖父のバックグラウンドがあったからこそなんだ。だからいまだに『クラウザー家の御劔さん』とも言われる。そういう見方のほうが、分かりやすいんだろうな」
確かに日本人でも、偉人の子孫という言われ方をされると、その人個人が如何に優れた人でも、そちらの情報が勝ってしまう。
「私のような一般人には分からないご苦労をされてきたんですね」
「ありがとう。……でも、ごめん。こういう愚痴を話すべきではなかったな」
佑はそう言って、カップに残っていたコーヒーを飲む。
「いいえ。佑さんの事を少し知れて良かったです。……いまだに私にとってあなたは、雲の上の存在なので」
「そうか? 少しずつ歩み寄れたらいいな。月曜日の仕事始めまで時間があるから、お互い趣味や好きなもの、苦手なもの、友人関係や生い立ちとか、話してみないか? 情報があれば親しみが湧くかもしれない」
「そうですね。あまり特筆すべき事がない、普通の人間で恐縮ですが……」
(『ご趣味は?』なんて、お見合いみたい)
思わずそう思ってから、自分は一応佑に求婚された身なのだと思いだした。