【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 1

ジム、バス、ガレージ

 それから午前中いっぱいを使って、のんびりお互いの事を話した。

 昼時になると佑が「散歩に行こうか」と誘ってくれ、ぶらりと白金台周辺を一時間近くかけて歩いた。
 途中には高級そうなレストランやお洒落なカフェ、パン屋などがある。
 勿論コンビニの場所もしっかり覚え、最寄りの交通機関も教えてもらった。

 彼のような有名人が歩いていて騒ぎにならないのかと不安になったが、この周辺は比較的落ち着いた住宅街だからか、そういう目には遭わないのだと言っていた。

 昨今、近所付き合いが浅くなって久しいとも言われているが、佑は自宅の周辺の人々とは良い関係を築けているらしく、「周りの人が守ってくれている事もあるんだ」と言う。
 深くは聞かないが、恐らく彼の事だから過去に何かあったのだろう。

 たっぷり歩いてカロリー消費をし、昼も冷蔵庫にあった物を温めて食べた。

 またゆっくり話し、夜は米を炊いてローストビーフ丼をいただく。



「そう言えば一階の奥を見せてなかったよな」

 佑が切り出したのは夕ご飯を食べたあとだ。
 彼についていくと、例の玄関ホールの向こう側を案内される。

「ここはジムって言ったけど、こういう感じになっているんだ」

 佑がパチンと電気をつけると、かなり大きめの空間が広がっていた。

 香澄も一時ジムに通っていた事があるが、個人規模のジムにしては設備が完璧と言っていいほど整っていた。
 各種筋トレマシーンに、ランニングマシーンやエアロバイクなど。
 天井から下がっているロープに持ち手のついた器具や、テレビで見た事のある、両側からロープを波打たせて腕や上半身を鍛える物やトランポリン、他にも小さなものではダンベルやバランスボールなどもある。
 マットのある場所は恐らくストレッチをするのだろう。
 ジム内には専用の靴箱や、ドリンクを入れてある冷蔵庫、手洗いも完備されている。

「凄いですねぇ……」

 チラッと佑の体を見ても、服を着ているのでどれだけ筋肉があるか分からないが、胸板の厚さや姿勢の良さは分かる。

「腹、見る?」

 香澄の視線に気付いたのか、佑がペロッとTシャツの裾をめくった。

「わっ……!」

 とっさに「見たら失礼だ!」と思うものの、引き締まった腹部に腹筋の芸術的な陰影が刻まれているのを、しっかり見てしまった。

「俺は週三でトレーニングしてる。自宅までパーソナルトレーナーに来てもらっているんだ。香澄も希望があるなら、都合をつけてもらうから、いつでも言って」

「は……はい」

「あっちのパーティションの奥には、整体師さんを呼んだ時に施術してもらうベッドとかがある。電気治療をしてもらうための機械も用意していて、それは自分でやる事も可能なんだ。スポーツ選手もやってる。鍼治療とかは国家資格のある先生しかできないから、これも週一ペースで往診してもらっている」

「ほぉぉ……」

「普通の慢性的な肩こりや腰痛にも対応してるから、それも興味があれば」

「はい」

 ジムよりとても魅力的な申し出に、香澄は先ほどより大きく頷く。

 そのあと、ジムを出て玄関ホールに戻り、さらに奥にあるドアから廊下を通った。
 屋敷の左側の奥手には、数部屋ある。
 茶釜が収納されている和室や、高級そうなグランドピアノを置いた完全防音の音楽室まであった。
 他、一階の風呂というのが中庭に面していて、内風呂があり、日本庭園仕様の中庭にある露天風呂として和風のジェットバスがあった。

「本当は鹿威しもあると雰囲気が出るけど、さすがに音で苦情が出そうだから、そこは我慢した」

 佑が悪戯っぽく笑うので、香澄も金のかけ方におののきつつ小さく笑う。
 バスにはサウナもあり、もちろん広々とした洗面所もあった。

「あと、興味があるか分からないけど、ガレージも案内するよ」

 また元来た道を戻り、今度はリビングに向かう。
 サンダルを履いて例のボタン一つで屋根や壁を動かせるスペースを突っ切ると、ガラスで覆われたアプローチを歩いて隣の建物に入った。

「わ……っ」

 佑が照明をつけると、車の展示場なのでは? という空間が現れた。
 香澄は免許がないので、基本的にあまり車に詳しくない。
 それでも、彼の母方の実家であるクラウザー社の王冠のエンブレムは見た事があるし、他にも海外の高級車っぽいエンブレムがズラリと並んでいるのを見るのは壮観だ。
 中には小さめの車や国産車もあるけれど、とてもグレードが高そうだ。

「普段使い、正式な場に行く時用、自分で気張らしドライブする用、祖父が送ってきた物とか、色々」

 一番手前にあるのは国産車で、恐らくそれによく乗っているのでは、と思った。
 ガレージの出入り口付近には、立体駐車場にあるような車の向きを変えられる動く床があり、それを用いて駐車しているのだろう。

「運転手は基本的に何があってもいいように、二人体制で雇っている。出社するのに朝迎えに来てくれる時は、運転手に任せている車で松井さんを拾って、それからここに来るんだ」

「車、運転手さんが管理されてるんですね?」

「ああ。悪戯とかされないように、ガレージに入れて管理するとか、綺麗に磨いておくとか、そういうのも仕事のうちだ」

 佑は照明を消し、また母屋の方に戻る。

「プールは今、水を抜いているけど、夏期に入りたい時はいつでも自由にどうぞ。入れる時期になったら、業者さんが来て大掃除をしてくれる。庭木の管理もだけど、業者さんが出入りする時は基本的に円山さんが対応してくれるから、香澄はノータッチでいいよ」

「はい」

 チラッと離れを見ると、電気がついている。
 御劔邸の敷地内とはいえ、あそこは円山たちの私生活があるのだろう。

 リビングまで戻って来て、香澄は小さく笑う。

「このお屋敷を一周するだけで、いい運動になりそうですね。ワンちゃんとか飼ってたら、ドッグランにもなりそう」

「そうだな」

 その時、佑が一瞬陰りのある笑みを見せた。

(え?)

 何か地雷でも踏んでしまったのだろうか、と思ったが、彼はすぐにいつも通り温厚な笑みを浮かべる。

「さっき入れておいた風呂がそろそろ沸く頃だし、この辺りから自由時間にしようか」

「はい」

「月曜日になったら、俺は仕事始めで出社する。その時に、松井さんに例の資料を持ってきてくれるよう頼んでいる。ざっくりと入社目処は半月から一か月後くらいを見ようか。その前に運転手や護衛に挨拶をして、顔と名前を覚えておいて」

「はい」

「明日は、必要そうな物の買い物に行こうか。俺は出社日になったら忙しくなるから、明日がチャンスだ」

「分かりました」

 その後、佑はリビングのソファに座って薄型ノートパソコンを開いたので、香澄は自分の部屋に戻る事にした。



(……あったかい……)

 湯船に溜めたお湯に肩まで浸かり、香澄はふぅ……と息をつく。
 洗面台の引き出しには、可愛いデザインの入浴剤が何種類も入っていたので、ありがたくミルク色の物を使わせてもらった。

(これ、どう見ても女性用っぽいし、用意してくれてたのかな)

 佑は明日、カーテンやベッドカバーなども、好きなデザインを選ぶようにと言っていた。

 けれどこの部屋に入った瞬間、香澄は「女性用の客間なのかな」という印象を抱いた。
 あらかじめついていたリネン類は、客間の一つというには、女性に向けてカスタマイズされたように思える。

 紹介してもらった他の客間は、もっと屋敷の雰囲気に合った重厚そうなカーテンで、ベッドカバーもホテルのようにシンプルな物だった。

 香澄が札幌で佑と出会い、こうして東京に来るまで一か月ほど時間があった。
 その間に、彼なりに香澄のためにあれこれ用意してくれていた……と考えてもおかしくない。

(……でも、何も言わないんだもんなぁ)

 誰かと比べるなど失礼だが、香澄の元彼だったら、自分が何か彼女にしてあげた事があれば、聞かれる前に自慢げに話してきた。
 そして恩着せがましく言ったあと、香澄の礼やお返しを期待する。

 人間はギブアンドテイクで成り立っていると分かっていても、あからさまに「ありがとうと言ってほしい」「お礼がほしい」という態度を取られると、興ざめしてしまう。
 やはりそこは、自然にできる関係が健康的なのだと思う。

(そういう意味では、いい男……なんだろうな)

 ちゃぷ、と顎まで乳白色のお湯に浸かり、息をつく。

(それでもまだどこか、信じ切れていない自分がいて、ちょっとやだ……)

 こんなに優しくて理想的で、紳士で格好いい男性はそうそういない。
 親友の麻衣が言ったように、宝くじの一等に当たるかそれ以上の幸運だろう。

 けれど香澄はいまだ自分が彼に好かれている自覚を得られず、自分自身もまた彼を一般的に「素敵、格好いい」と感じている以上に踏み込めないでいるのを自覚していた。

(いつまでも〝お客様〟のままだと、佑さんも痺れを切らして追い出したりするのかな)

 香澄だって子供ではないので、彼が自分を女性として望んでいるぐらい分かっている。
 札幌では頬にキスをしたが、本当のキスやもっと先の事も望んでいるだろう。

「でもな……」

 思わず口に出し、溜め息をつく。
< 31 / 37 >

この作品をシェア

pagetop