※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
「あの……三船さん。せ、せせ専務からお電話がありました。し、至急役員室まで来るようにと……」
化粧室から戻った紗良は月城チームに配属された入社一年目の桐生からしどろもどろで必死に訴えかけられた。
桐生の声はかすかに震えていた。
まさか電話応対のトレーニング中に専務からの内線を取るとは思わなかったのだろう。
紗良はパニック寸前の桐生にお礼を言うと直ちに役員室へと向かった。
(役員室なんて内定式以来だよ……)
呼び出された心当たりは今のところひとつしかない。上層部の耳に入るところまで事態は進行しているんだなと、どこか他人事ようように状況を分析してしまう。
階段を駆け上り、ひとつ上のフロアに向かう。総務部と経理部を抜けた奥まった一角が役員室だった。
秘書課の社員に専務から呼ばれたと伝えるとすぐに応接室のひとつに案内された。豪奢な革張りのソファに座り、五分ほど待っていると紗良を役員室まで呼び出した張本人が現れた。
「悪いね。わざわざここまで来てもらって」
紗良はその姿を見ると、ソファから立ち上がり一礼をした。
煌陽電子販売株式会社の専務、西園寺清澄は紗良を切れ長の瞳でじっくりと眺めると、再びソファに座るようにすすめた。
煌陽電子販売の創業者一族、西園寺家の期待の新星。三十五歳という若さに加え、傍系出身という反発を退け数々の辣腕を振るった彼は、今や直系筋の常務よりも社員からの信頼が篤い。