※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

「ただいま~」

 駅前のスーパーで買い物を済ませ、昨日よりも格段に軽い足取りで帰宅の途に着いた紗良は家の中に入るなり異変を感じた。玄関に静流の革靴があるのに『おかえり』と挨拶が返ってこない。

(あれ?また出掛けたのかな?)

 紗良は不審に思いながら、リビングに行き照明のスイッチを入れた。明かりをつけた瞬間に、キッチンに浮かび上がった人影にヒッと息を呑む。

「静流さん!!いたんですね」
「はい」

 照明もつけずにキッチンで何をしていたのか尋ねようとした紗良は、静流の手元を見て訝しげに眉を顰めた。
 静流の傍らには自身の持ち物である食器が集められ、梱包済みの食器が積まれていた。

「……何をされてるんですか?」
「荷造りです。この部屋から出て行こうと思います。貴女にとって不名誉な噂を流され続けて、このままこの生活を続けることはできません」

 ……やはり引っ越しの準備だったか。嫌な予感が当たり、頭が痛くなってくる。
 どうしてこんなことになってしまうのか。

「なにも出て行くことないでしょう?私達、本当に不倫しているわけでもないんだし……」
「根も葉もない噂なら否定しようがありますが、今回は根も葉もあるから問題なんです。貴女をこれ以上巻き込むわけにはいかない」

 静流は紗良の説得に聞く耳を持たなかった。食器を梱包材で包む手を休めることなく、淡々と作業が続けられていく。
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