※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。

 例年よりも暑かった夏がようやく終わり、朝晩吹く風の中に涼しいものが感じられるようになった九月下旬のこと。
 静流が煌陽にやって来てまもなく一年が経とうとしている。静流は既に二課になくてはならない存在となっていた。

「課長……。例の大型ビルの件、失注しました」
「残念ですね。さあ、次に切り替えて頑張りましょう」

 受注を逃した部下を励まし鼓舞する姿は、誰もが憧れる理想の上司そのものだった。
 最近は専務が統括を務める業務改善プロジェクトのメンバーにも抜擢され、忙しそうに立ち回っている。

「三船さん、悪いんだけど一課から去年の展示会のノベルティの在庫を持ってきてもらえる?」
「はーい」

 木藤からそう頼まれた紗良は二つ下の階にある一課に向かった。
 一課の人に頼んでノベルティの入った小さなダンボール箱を貰い受ける。

(うーん……。何回見ても微妙なキャラクターだな……)
 
 ノベルティのボールペンには『コーヨーくん』という絶妙に愛想のないたぬきを模したオリジナルキャラクターがプリントされている。
 キャラクターの好感度はともかくボールペン本体は書き味がいいとまあまあの評判だ。
 よいしょとダンボールを抱え上げた紗良に思いもよらぬ人物が声を掛けていく。

「久し振り、紗良」
「……しゅう……へい?」

 紗良はうっかりダンボールを落としそうになった。
 紗良に声を掛けてきたのはかつて交際していた秋野周平(あきのしゅうへい)だった。
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